再び逢えたら、抱き締めて、腕の中に閉じ込めて


 もう二度と放すまいと、思っていた


 いつの日か必ず あの笑顔を 取り戻せる日が来ると





 其の五






 「・・・何しに来た」


 厄介者を見るような眼で見上げると、坊僧は口の端を吊り上げて嗤う。

 つとめて冷静さを装いつつも、サンジの心情は怒りでいっぱいだった。

 (このイカレ坊主が!どのツラ下げて来やがった!!)

 口汚く罵ってやりたいところだが。こいつを下手に刺激するとあとが面倒なのは身に染みている。

 落ち着け、落ち着け、怖がるな。 と何度も自分に言い聞かせながら。






 出来れば、もう二度と顔も見たくなかった。

 あんなことをしておいて、朝になれば姿を消していた男。

 きちんと後始末までされていて。 それに、なおさら腹が立つ。

 目を覚ましたあの朝の、ひとり、やりきれない想いを、どう昇華すればいいか分からないまま。

 その後、七日も音沙汰なく。

 そんな奴に、腹を立てるなというほうが無理な話だろう。




 今だって、そのニヤケ顔を蹴り飛ばして、逃げ出したいくらいだというのに。

 だのに、体が震えてどうしようもない。

 これが、怒りか、恐怖か、

 それとも何かもっと別の感情なのか、今のサンジには判別つかなかったが。



 「何しに来たかは、お前が一番よく分かってんじゃねぇのか?」

 半分、笑い声の混じった僧に。

 サンジは、肩にグぅッと力を篭めた。























 「・・・そんで、なんでお前は、普通にメシ食ってんだ」

 一度落とした窯の火を点け、残りものではあるがありったけの材料で。

 破戒僧に給仕しながら、板前はほとほと呆れた声を出す。


 つうか、なんでおれはまた、こいつに飯作ってんだよ?

 追い帰しゃよかったじゃねぇか。

 ・・・・・・なんで。


 「昼間、食い損ねたからな。」

 (・・・こいつの、この顔に弱いのか。おれぁ)

 美味そうに飯を食う。


 体格も立派な大の男が、性格だっておそらく碌なもんじゃないこいつが。

 そのときばかりは穏やかに、子供のような顔になって・・・おれの飯を。


 この顔を、なぜだかずっと見ていたいと、馬鹿げた考えがふいに浮かんで、

 サンジは慌ててそっぽを向いた。




 いつの間にか出されたものを全てたいらげたゾロは、静かに手を合わせ立ち上がると

 おもむろにサンジの隣に立つ。

 まるで、そうするのが当然のことのように。

 「代金は、このあいだの分しか持ってきてねぇんだ。」

 低い声で吐かれた科白に面食らいながらも、どこかで あぁやっぱりな。とも思う。

 逃げたくて仕方がない、と思っていたはずなのに、金縛りにあったように、動けない。

 自分が、本当に逃げたいのか、どうかも。

 ただひとつ言えるのは、




 自分は、こうなることが分かっていたのだ。


 この僧が再び風車に来たときから。


 ゾロを店に上げるとどうなるか、どこかで知っていて。


 それでも。







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 さしたる抵抗もせず、抱えあげられるままに身を任せ

 布団に横たえられて大人しく目を閉じる板前を

 ゾロはただ、静かに見下ろす。


 「どうした、随分大人しくなったな。」

 着物の胸元を寛げ、そこに舌を這わされながら言われた科白に、サンジは自嘲気味に、笑みを漏らした。


 「腹空かした奴に、食わせてやるのがおれの仕事だからな・・・好きにすりゃぁいい。
 なんでこんなことすんのかは知らねぇが、どってことねぇよ、おれにとっちゃなぁ」


 男に犯されようが何されようが、犬に噛まれたようなもんだ。



 厭味を吐いたつもりだったのに、
 怒ればいいと思っていたのに。


 見上げた坊主の顔が、苦しげに、歪められたのを見て、


 胸に瘧が溜まったような、ひどく後味の悪い気持ちになった。



 (なんで、んな顔すんだ・・・)


 もうひとりの自分が、どこか 遠くで 泣いているような。


 ぎゅー、と背中のあたりが痛くなった気がして。
 サンジは横たえられた体勢で、ゾロの肩に手を伸ばした。


 恩だの借りだのと言うのならもうそれでいい。犯るんなら、さっさとヤりゃいい。
 また あの獣みてぇなツラで貪ればいい。

 思いながら、サンジは決意する。


 なぜそこまでこの坊主に入れ込むのか。 また、なぜこいつがおれに関わるのかは知らねェが。


 こんな辛そうな顔をされるぐらいなら、この身を差し出すことなど。


 この男を、 抱き締めたいと、 思うのは、


 板前の性分だ。


 きっと・・・・・・たぶん・・・。




 「てめぇも脱げ。おればっかじゃ、割りに合わねぇだろ」


 (また、おれ一人だけいいようにされたんじゃ悔しい。)



 俯き加減に言い。腰の紐を解こうとしたサンジの手を、ゾロがとる。


 「俺ァ、お前を・・・・・」


 何かを言おうとしたのか、グっと捕まれた掌に力が篭る。痛いほどに。


 が しかし がぶりを振った僧は、ニヤリと、また口の端を上げた。


 「お前がその気なら話は早ぇ。しっかり食わせてもらうぞ」




 その表情にすらもう おかしいくらい 欲情した。








  其の六へ。