出会いは桜舞う季節




  はらはらと、風に乗せて花が散る




  音を立てて 崩れ去る






  其の四





 サンジが風車に厄介になって今年で丸三年。



 ある日、全身傷だらけで崖下に倒れていたところを、麦藁の親分が見つけて拾ってきたのだそうだ。



 サンジには、それ以前の記憶がない。

 気が付いた時には、風車で、何故か布団に寝かされていた。



 それが、三年前の冬のこと。





 以来、サンジはこの店で働いている。

 おナミに自分から置いてくれと頼み込んだ。帰る場所がないのもあったが。

 死に掛けていたところを拾ってくれたルフィと、何処の誰かも判らない自分を看病してくれたおナミさんに、せめてもの恩返しができるように。



 生活に必要な知識と、誰にも負けぬ足技と、確かな料理の腕前があったため、暮らしていくのに不自由はなかった。



 たまに、酷い頭痛がしたり、胸のあたりが苦しくなったりするぐらいで。




 サンジはそれを、記憶がない所為だとは思っていたが、かと言って無理に思い出すつもりは無かった。




 思い出しては、いけない気がした。





 いつか、




 時が経てば、今の暮らしが当り前になる日がくる、気がしていた。







 あの男に 会うまでは。











     **********          **********











 ここ数日、料理処 風車は例に無く盛況だ。



 客(銭)が入って女将のおナミはご機嫌だし、ルフィもただ飯食っても怒られないとあって好き放題。



 それというのも、



 板前であるサンジが、



 心此処に在らずで始終ぼんやりしているからだ。



 おナミに話しかける男連中を蹴り飛ばしもしなければ、若い女の客が入ってきても鼻の下を伸ばして馬鹿高い甘味を奢ることもない。
 銭を払わず食うだけ食う麦藁の親分をも、見て見ぬふり・・・・というか、見ていない。




 
 「サンジ君、次の注文入ったわよ。お願いね」



 「あぁ、おナミさん・・・あいよ」



 精気の抜けた顔をしたサンジは、注文表を受け取り、調理に取り掛かる。
 その足取りも少々覚束無い。




 此処に来たばかりの頃でさえ、元気に笑っていたのに。
 少なくとも、人前であんな顔をすることはなかった。
 黙々と料理を作るサンジを見つめ、おナミは少々不安に思った。









 「よ〜う、どうだい?繁盛してるみてぇじゃねぇか」



 その時、威勢よく入ってきたのは岡っ引きルフィ親分の仲間、ウソップだ。



 「あらいらっしゃい。親分来てるわよ」



 サンジくんのことも気に掛かるけど、お客様(銭)は大事にしないとね。と、おナミは思考を中断して、女将の顔に戻る。




 「今日は珍しい客を連れてきたぜ。つってもそのへんで迷ってたのを見かけただけなんだがな」
 ウソップはその長い鼻をますます伸ばして胸を張る。




 「なぁに?お客さん連れてきてくれたの?」




 「あぁ。でもおナミも知ってると思うぜ? おう ゾロ、入れよ」




 がしゃん。




 ウソップが言い終わるのと、サンジの手から皿が滑り落ちたのは同時だった。



 甲高い破壊音に、店内の視線が一斉にサンジに集まる。


 暖簾をくぐって入ってきた僧侶も然り。




 しばし呆然としていたサンジは、慌ててしゃがみ込み、割れた皿を拾い集める。






 (なんで、アイツが・・・・・・)




 姿を見たのは七日ぶりだが、怒りがおさまったわけではない。

 あの日から、ずっと、憎くて仕方のなかった男が。

 ここ数日の不調の原因が。

 あんなことをサンジにしておいて、七日も顔を出さなかった男が。




 今更何をしに来たというのか。




 頭がガンガンと鳴る。胸が苦しくなる。



 忘れたはずの痛みを思い起こさせる。



 つい最近のことのような、

 もう何年も前のことのような。



 判別のつかない怒りと、動悸。





 「サンジくん・・・大丈夫?」

 「あ、うん。ごめんねおナミさん・・・」

 「いいけど・・・・・お皿の代金は給料から天引きしとくから気にしないで♪」



 「うん、ごめんね・・」




 機嫌をとることもせずただ俯くサンジに、おナミは信じられないものを見た思いでウソップを振り返り。その長い鼻をひっ掴んで引き寄せ、声を潜めて話しかけた。



 「ちょっと、一体どうしちゃったのよ!?」

 「おいおい俺に聞くなよ。なんだ?サンジどうかしたのか?」

 「分かんないから聞いてんじゃない!その坊さん、何者なの?」



 だっておかしいじゃない。サンジくんがあんななの、気持ちわるいったらないじゃない!




 小声で話すも、すぐ隣に立っているゾロには筒抜けだ。

 しかも女将に指まで差され、あまり良い気分ではないのだろう。



 「あの板前が、どうかしたのか」



 ゾロはぶっきらぼうにおナミに声をかけた。



 「だから、そんなのこっちが知りたいわよ!ここ何日かぼーっとしてるし、料理してても全然楽しくなさそうで・・・・・」



 ゾロは、奥で縮こまっているサンジに一瞬目を遣ると、



 「今日は日が悪そうだから、帰る。また来る」



 興味が失せたように言い置いて、風車を後にした。








 そして、再び破戒僧が顔を出したのは、その日の夜、



 サンジがひとりになってからだった。














  其の五へ。