部屋の隅にひっそりと置かれた、ダンボール箱。

その前にちょこんと正座して、サンジは小さな頭を悩ませていた。



優しくしてね?

  【 1 】



勤務先のレストランが休みの日でも、サンジはなにかと忙しい。
来期の新しい春用レシピの考案をひとつ任されたため、
料理雑誌を読んでみたり、あれやこれやと工夫して、新メニューの開発に余念がない。
今もう、休みの日でなければなかなかできないので、約一週間分の買い物はほんと、一人では抱えきれないぐらいの量になるのだ。
家でだって、洗濯したり、布団を干したり、掃除したり。 することはたくさんある。

恋人で、同居人である、ロロノア・ゾロがいれば、手伝ってもらったりもできるのだが。 
生憎と、今日はゾロは出勤日。
というか・・・最近は休日出勤もざらなのだ、ゾロも。
卒業式シーズンとは言えど、まだ入試を控えた生徒もいるので必然的に、補習授業を受け持つことになる。
『大変だよな〜予備校講師って』
とか言って、
『お前も去年まではそうだったろ』
と、呆れ顔をされたのは、ほんの数日前の話。
まァ、この時期一番大変なのは、受験生のほうなんだけれども。


お互いに、仕事が忙しい時期で、帰りも遅くなってきて。
同じ家に住んでるのに、なかなかゆっくりできない。
そのことを、仕方ないと、頭では分かっていても。
・・・やっぱり、ちょっと寂しい。
その、寂しいなぁ〜・・・と思っていた矢先、見つけてしまったのだ。
掃除の最中に。
ベッドの下に、無造作に置かれたままの、ダンボールを。

手を伸ばして、蓋を開くと、
ごちゃごちゃと、整理されたとは到底言いがたい物品の数々が顔を出す。
もう、二度と、使うまい、と思っていた『大人のおもちゃ』が・・・。

『自分で触って、感じてんのか・・・』
ニヤリ、と嗤うあの顔で。
挿れてって言っても、イかせて、って泣いて頼んでも 聞き入れてもらえず、散々弄ばれたことを、思い出す。
おかしくなっちゃう、って言うと、
『いいぜ、なれよ』って。すっごいすっごい、いやらしい声で。

あれが切欠で、それまでとは比べ物にならないほど いやらしいことをされてしまうようになったけれど。
ゾロの、低く 腰に響く 声を、聞くだけで、サンジの体から力が抜けてしまうのだ。 
もちろん、思い出すだけで・・・も・・・。
(ってうぉい!ナニうっかり、おっ勃ってんのおれ!!)



冬が終わったのだとやっと実感できる、久方ぶりにぽかぽかと天気のいい休日の午後。

愛しのナミさんから貰ったものを、中身がコレだからと まさか捨てるわけにもいかず。
このあいだみたいに、一人で使ってみるわけにもいかず。・・・・・・だって後が怖すぎる。
かといって、恋人に、どうしようかこれ?なんて訊ねられるわけもなく。・・・もっと怖いことになるのは目に見えてる。
期せずして、再会してしまったその存在を、どうすればいいものか。

サンジは寝室で座り込んだままひとり下半身をおさえ、顔を真っ赤に染めていた。



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「ゾロおかえりーー」

「ただいま。 お、いい匂いだな。今日はなんだ?」

二人で暮らすマンションの玄関で、帰宅したゾロにいつものように、どすーん、むぎゅうぅ。 と体当たりをかますサンジを軽く受け止め。
ゾロはサンジの頭を撫でながら訊ねた。

「魚の煮つけとー、焼きなすとー、きんぴらと、大根の味噌汁。それと、鯛めしもあるぜ、ゾロ、好きだったろ?」

サンジは昔から料理が好きだ。作ること自体も楽しいし、それを誰かに食べてもらえるなら尚更。
予備校の講師を辞め、レストランで働き出してから、そのレパートリーは格段に増え、今では和洋中、何でもござれになってはいたけれど。
ゾロに、『いつも気張ったモン作らなくていいぞ。家庭料理で充分だ』と言われてからは、夕食のおかずは4品まで、と決めている。
それ以前、同棲し始めたばかりの、毎日フルコース並みの料理を作っていたころからすれば、サンジには物足りなかったが。
二人で暮らしていくためには、家計、というものが絡んでくるのだ、と。
食費をおさえたり、やりくりしたりするのは、全部任せたからな。無駄遣いすんなよ? と。
ゾロ名義の預金通帳を、ぽんと無造作に渡されてからは、
『安い食材で、ボリュームがあって美味いものを』 が、料理のモットーとなっている。

まぁ、その際に
『お前の作るもんなら何でも美味い』 と言われて喜んで抱きついたり。
なんかおれ、奥さんみてぇじゃね?と照れ隠しに言ったら、
『俺はそのつもりだけどな?』 とあっさり言われて嬉しさのあまり泣いてみたり。
そのあと身も心もでろでろに可愛がられてみたり。
そんな甘酸っぱい・・・つーか思い出すのも恥ずかしい過去があったりするのも、今となってはいい思い出か。
・・・といっても、ほんの数ヶ月前の話なのだけれど。


誰かと一緒に暮らす、というのは、そりゃぁもちろん楽しいことばかりではないし、
意見が合わなくて喧嘩、なんてこともしょっちゅうだけど。
大好きな人が・・・・・ゾロが。 目が覚めると側にいて、眠るときも一緒で。
いってらっしゃい、と、おかえりなさい、を繰り返す毎日。
当り前のようだけど、
やっぱり、すごくすごく、幸せなことなんだ。

と、玄関先でゾロに抱き締められながら、うっとりとサンジは思う。


「うまそうだな・・・」
静かなゾロの声が聞こえて、顔をあげると、
優しく微笑む恋人と、目が合った。
(・・・うん。すげぇ、優しそう、な、顔・・・・なんだけど・・・・・)
ただし、そこに、『傍目から見れば』 という前置きが、あれば。
この表情を見慣れすぎたサンジにとっては、ゾロの言う、『うまそう』 なものが何なのか。残念なことに、手に取るように判ってしまうのだ。

えーと。 これは、 ぜったい、 エロいことされるときの、 顔。
・・・だめ。
そんな顔されたら、おれまで、やらしい気分になるから、だめだって・・・。

「・・・あ、そだ。ごはん・・ごはんあっためねえとっ」
一緒に住みだしてけっこう経つというのに、未だにサンジは、この顔に慣れることができない。
ふとした瞬間に見せられる、表情に。
それが、甘くても意地悪でも優しくてもエロくても・・・
・・・ゾロだというだけで。
ぜんぶ、どうでもよくなって蕩けてしまうのだ。いつまでたっても。


ボボボンッ、と頬を染め身を捩るサンジに、ゾロは苦笑して、今日はあっさり手を離すと、
「それにしてもお前らしくねぇな。今日はすげぇご馳走が並ぶもんだと思ってたぜ?」
見事に俺の好物ばっかりじゃねえか。と、スーツの上着を脱ぎながらそう言った。
「え?なんで?どこが?」
らしくない、と言われた意味が判らず、きょとんと問い返す。

明日は久しぶりに、二人とも仕事がない。
サンジは、何故だか知らないが、珍しく勤め先のレストランから、二連休をもらったのだ。
ゾロも、明日は休みだ、と言っていたから、今日は久しぶりにゆっくりできると、
張り切ってゾロの好きなものばかりを作ってみたはずなのに?

クローゼットへ向かうゾロのあとをついて行くと、ネクタイを緩める手を止めて、ゾロが怪訝そうに振り向いた。
「・・・・・・・・まさかとは思うが、一応訊いてやる。明日は、何日だ?」
「え?月曜日だろ?」
「・・・・・・・案の定か。」
はあー・・と溜め息まで吐かれて、サンジの頭にはてなマークがわんさか飛ぶ。
「ん?」
「まぁ、お前らしいっちゃ、らしいか。俺んときは、一週間も前から言ってたのになァ」
「・・・・あえ?」

えーと、えーと。
そういえば昨日は、2月の最終日だった。
今朝になってカレンダーをめくった。ような気がする。
だから、今日から、3月。
あーー・・・・・と、いうことは、明日は・・・

「おれ、誕生日?」

「聞くのか、俺に」

くは、と吹き出したゾロが、ビシッとサンジのおでこを突く。

「あー・・・わすれてたぁ」

そうかそうか。もうそんなに経ったのか。
サービス業なんてやってると、日付や曜日の感覚が薄れて困る。

「呑気なやつだな。 じゃぁ、俺からのプレゼント、いらねえんだな?」

「いる!!!」

そんなときばかり素早い反応を示すサンジに。

ゾロは今度こそ、声をあげて笑った。


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次回から、えろゾロサンです・・・・・・?(なぜ疑問符)