名前、ロロノア・ゾロ。


 推定年齢13歳。


 以下、一切不明。



  ちっちゃいゾロを召し上がれ♪ 4




 今日は3月2日。サンジの19回目の誕生日。

 キッチンにあるカレンダーに、小さく書かれた赤マル。

 クルーの誰も知らない、サンジの誕生日。



 特別な日に、誰かがくれた誕生日プレゼントは、焦がれてやまない男の、影だった。







 「顔は、うん、よく似てるな・・・」

 ゾロも幼いころはこんな顔だったんだろう、と思わせる、まだあどけなさを残した顔立ち。

 ゾロよりも少し高い声音。

 (声を聞いたのは、おれとルフィだけだけどな)

 褒めてやると、少し俯いて、照れたように笑う。

 ルフィと対峙したときの、挑むような顔つき。




 どんなにゾロと似てるところを探しても、



 こいつはゾロじゃない。



 もし、万が一、何らかの理由でゾロ本人だったとしても・・・



 おれの愛した男とは、また別人だ。










 こっそりと、今日の食事は豪華だった。

 ナミもウソップも、コックの気前がいいと喜び、ルフィは山盛りの肉に夢中だった。

 ゾロは静かに酒を飲み、時折、探るような視線をサンジに投げかけていた。

 夕食後の閑散としたキッチンで、

 テーブルに突っ伏して眠るチビゾロを観察しながら、サンジは煙草の煙を吐きだす。




 髪の色も顔立ちも、雰囲気ですら、こんなによく似ている。


 それだけの理由で、


 ゾロに告げることの出来ない想いを、溢れそうになっている言葉を。


 この少年を、ゾロの身代りにしようとしていた己を、サンジは恥じた。



 目下、サンジの課題は、『チビゾロ』と『ゾロ』が別人であるということを、認識すること。


 それは簡単そうでいて、なかなかに難しい。


 なにせ比べようとしても、本物のゾロのことですら、あまりに知らないことが多すぎる。


 見た目の類似はともかくとして、


 ゾロの好きなもの、嫌いなもの。

 嬉しいと思うこと、や、どんなときに何を感じているのか。

 まだ仲間になってから日が浅いせいもあったが、

 ゾロを好きだと思っていても、サンジとて全てを理解しているわけではなかった。

 もっとも、あの男を理解できる日なんて、来やしないだろうが。



 「でも、好きなんだよな・・・。」



 なにがこれほどまでに心を惹きつけるのか、


 どこが魅力なのかと聞かれれば、答えに詰まってしまうというのに。


 それでも、気付いたときには惚れていた。これ以上ないほど。あの瞳に、魅入られた。




 「おまえのほうが、よっぽど素直で可愛いのにな、チビ」

 いい夢でも見ているのだろうか、むにゃむにゃと寝言を言いながら幸せそうに眠る『ゾロによく似た少年』に視線を落とし、サンジは顔をほころばせた。


 悪戯に、短い髪を引っ張るとチビゾロは、うんんー・・と迷惑そうに眉を顰める、でも寝ながら。サンジはそれが面白くて、くく、と笑って


 その 柔らかな髪に 口付けた。




 ゾロじゃない、ゾロそっくりな少年。

 分かっているのに。

 なのに、それでも可愛くて仕方がない。




 なぁ、おれは、どっちに恋してるんだろうな、船長?




 「好きだ、ゾロ・・・」


 髪に鼻先を埋めながら、小声で呟いた瞬間、ぱちりとチビゾロが目を覚まし、

 サンジは飛び上がらんばかりに驚き椅子を蹴倒して立ち上がった。


 「わ、おま、いいいいまの、 聞い・・っ!?」


 「・・・俺もサンジが好きだ。」


 動揺の中、きっぱりと言われた言葉を、理解するのに時間がかかり、やっと脳に届いた途端、

 ぼろっと涙が零れた。

 チビが、慌てたようにサンジに近付く。


 「おい、大丈夫か、どっか痛ェのか?」


 その言い方が、あまりにもゾロに似ていて、サンジは顔を歪めてまた泣いた。



 『好きだ』と、その顔で言うな。

 その声で、名前を呼んで、好きだと、おれに向かって言うな。


 そんな顔で・・・



 ぐちゃぐちゃに混乱した頭で、ぼやけた瞳で少年を見つめる。

 心配そうな表情で覗き込むチビに、

 無性に愛しさがこみ上げた。



 あぁ、ごめん。ごめんな、だめだった。


 「おれもだ、チビ・・・お前が好きだよ」




 どうしても、おれは、こいつを愛さずにはいられない。




 ゾロじゃないと分かっている。なのに、それでも、どうしても。



 好きになってしまう。理由なんて知らない。




 ごめんな。




 サンジは天井を見上げて、懺悔した。


 それは、忠告してくれた船長にか、手に入らなかった男にか、それとも、


 この少年を船に寄越した、誰かにだったか。









 一度認めてしまえば、口に出してしまえば、あっけないほど簡単に、素直になれた。

 涙を拭いて、チビゾロを招きよせ、

 「チビ、大好きだ・・・・ずっと、ここにいてくれ。」

 ぎゅうっときつく抱き締めると、チビもサンジにしがみつくように腕をまわす。



 愛しくて、幸せで、胸が苦しい。


 好きすぎて、苦しい。



 身元も知れぬ、ただのうさんくさいガキだと思ってたのに


 いつのまに、こんなに・・・




 目があうと、睨んでいるような、顔をして、でもたぶん本人的には熱く見つめているつもりなのかもしれないチビゾロが、ゆっくりとサンジに顔を近づける。それに吸い寄せられるかのように、唇を合わせた。

 ちゅ、と濡れた音が深夜のキッチンに響く。

 一瞬だけ触れ合った唇が離れてゆく名残惜しさを感じながらも、

 サンジはチビの肩口に額をつける。

 包み込むように抱き締めてくれる少年を、たまらない気持ちで、愛おしいと、また思った。


 「ずっと、いたい。ここに。あんたと一緒にいたい。」

 「チビ・・・」

 「でも、無理なんだ。出来ねぇ約束はしちゃだめだ。そう、言ってた。」


 その言葉にふと、腕を緩める。


 心の底が冷えていくような感覚。指の先が、無意識に震えた。


 寂しげな顔をするチビゾロの肩を掴み問いかける。


 「・・・無理って、なんで・・・・・言ってたって、誰が・・・」


 「俺はもうすぐいなくなるんだって、言ってた。」


 「だから、誰が言ってんだそんなこと?!」


 嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。



 こいつがいなくなるなんて、いやだ。


 もうそれしか浮かばない。


 大事なものを、もうこれ以上失いたくない。それしか。


 「好きだ。ゾロ・・・好きだ・・・」


 ほかに言葉が出てこないのか、好きだ、と繰り返すばかりのサンジを、チビは黙って見つめる。

 それ以上、詳細を語る気はないらしい。

 その、静かな視線に、サンジはただ、回らぬ頭で考える。


 (おれのしようとしてることは、背徳か。)


 力の入らない指先で、己のシャツのボタンを外す。


 なにがどう繋がって思考回路がそんなことになったのかは、サンジ自身にもよく判らなかったけれど。

 自分がなにをするつもりなのかは、頭のどこかが冷静に判断していた。

 それが間違っていたとしても、

 この先、一緒にいられないというのが真実だったとしても、

 (こいつは、今この瞬間、目の前にいるじゃねぇか)




 ただ、この少年の証を。


 存在を、刻みつけたかった。










 キッチンの扉の外で。ほくそえみながら



 この瞬間を待っていた男がいるとも知らずに。







   5につづく