ここは伝説のグランドライン。


 何が起きても「グランドラインだからね〜♪」で済ませられる便利な海。


 「何が起きても不思議じゃない」と皆に思わせる、魔の海域。


 だから、緑髪の剣士そっくりの子供がいきなり現れても、この海域なら全然普通・・・。


  いや、普通じゃねぇよ!!




  ちっちゃいゾロを召し上がれ♪ 1




 (駄目だ、こいつら、クソあてになんねぇ。)

 自称、麦わら海賊団一の色男、サンジは頭を抱えた。

 キッチンでは、今や上へ下への大騒ぎになる・・・・・・こともなく、皆が皆、自由に夕食を貪っている。

 麗しの航海士ナミさんは、それはそれは優雅に召し上がってらっしゃる。

 朝の大騒ぎから一転、彼らはもうこの状況に馴染んだらしい。



 サンジは忙しく給仕をしながら、自分にまとわりつく少年を見下ろし、溜め息を吐いた。


 年のころなら12、3歳。

 見慣れた緑の頭に、程よく鍛えられた、しかし細い体。

 サンジよりも幾分低い背丈。

 左耳にはみっつのピアス。

 浅黒い肌に三白眼。


 しかし、腹に袈裟懸けの傷は、ない。



 今朝、いきなり現れた時と、寸分違わないその姿。

 サンジはがんがんと痛む頭を押さえ、

 ロロノア・ゾロにそっくりなその少年の分も、食事を用意してやる。



 なぜ、ゾロのちっちゃい版みたいな少年が、この船に乗っているのかは、サンジにも理由がさっぱり分からない。

 今朝 起きたら、そこにいたのだ。

 サンジの隣に。

 目を覚ましたら、狭いハンモックで、サンジに抱きついて眠っていた緑芝生頭の少年。

 それが、このちびゾロだった。







 「おいチビ、んなにくっついてちゃ動きづれぇだろが。おとなしく座ってろ、飯作ってやっから」

 数時間前の自分の阿鼻叫喚を思い出し、少々落ち着かないながらも、サンジは腰のあたりに巻きつく腕を外し、テーブルを指差す。

 ちっちゃい方のゾロは、それに素直にこくんと頷くと、静かにテーブルにつき、サンジのほうをじっと見つめてくる。


 サンジは煙草を銜えなおすと、少年に背を向け、料理に没頭した。


 (・・・チッ、ゾロみてぇなくせに、んな可愛い顔しやがって。)



 自分の目がおかしいのは、もうだいぶん前から知ってる。

 好きなのかも知れない、とは思っていた。

 仲間の、むっさい男のことを。


 顔を見るだけで胸がざわついて、思わずケンカをふっかけてしまわないと治まらない。

 綺麗な肌も、筋肉も、そこから流れる汗も、血も。

 見るたびにサンジの胸をえぐる。落ち着かない気持ちにさせる。

 どこにも行かせず閉じ込めておきたいような。

 逆に、どこへでも目の届かぬところへ行ってほしいような。

 その感情が何か、とうに気付いているが、決して口に出すわけにはいかなかった。



 しかし、当の本人は、そんなサンジの気持ちを知ってか知らずか。

 サンジが近付けば、どぎつい視線で睨んでくるわ、売られたケンカは3倍返しで受けて立つわで。

 ・・・いや、知るわけねぇんだ。あいつぁクソ鈍チン人外藻類だからよ。

 おれのことなんて、『なんかいつも突っかかってくる気にくわねぇコック』、ぐれぇにしか思ってねぇはずだ。


 しかし、その鈍さが救いだとも、思っていた。

 実際に、やつとマトモな会話をしたことも、数えるほどしかない。

 知られてはいないだろうと思う。


 でなければ、もうこの船に、いられない。










 「・・・サンジくん?焦げるわよ?」

 ふと聞こえたナミの声で、ハッと意識を戻す。

 鍋の中の煮魚は、間一髪、焦げる前で火を止めた。

 「どうしたの?なんかぼぉっとしてなかった?」

 「あ、いや・・・その・・」

 「料理中に考え事するなんて、らしくないじゃない。やっぱりあの子の事が気がかり?」


 まさか、おっきいほうのゾロのこと考え込んでました、なんて言えず、サンジは曖昧に頷いてみせる。

 「そ。そりゃぁ・・ねぇ?」

 ナミとサンジの視線が、チビゾロに集まる。

 その会話を聞いていた他のクルーたちも、つられて彼を見遣った。

 チビゾロは、みんなに無遠慮に見られて少々居心地悪そうに見返す。

 それでも、この少年は、まだ一言も口をきいていない。この船に現れてから、一言も。


 「やっぱり、こんな海の上でいきなり船に現れるなんておかしいだろ?しかも見た目ゾロだぜ!?絶対怪しいって!それにずっとココで養うわけにもいかねぇし・・・」


 サンジが必死で正論を言っても、ここはほら、麦藁海賊団。


 「いいじゃねぇか、おもしろそうだし」


 という船長の鶴の一声で、振り出しに戻る。





 最初は、『ゾロの隠し子じゃねぇか』という疑問もあったが、それにしては似すぎている。

 まるで瓜二つ。

 まごう事なき血の繋がりを見せる顔立ち。

 しかし、親子というには年が近すぎるし、双子というのもありえない。


 この船に、もし『医者』がいたならば、精密検査なり何なりして、真相を明らかにも出来ようが、

 残念ながらゴーイングメリー号に船医は、まだいない。

 故に、このいかにも胡散臭い状況でも、確信に繋がる実証がないので、どうにも出来ないのが現状であった。



 「まぁ〜こいつひとりくらい増えてもかまやしねぇよ。な、ゾロ?」

 にかっと笑ったルフィの声に、今度は、テーブルの端で昼間っから酒を飲んでた剣士に視線が集まるのに。

 おっきくてむさくておっさん臭い腹巻剣士は、瓶から口を放すと、どうでもよさそうに「そうだな」と返した。






 『誰が困るわけでもないし。』

 という理由で、チビゾロの面倒は、一番懐かれてるサンジが見ることに問答無用で決定。

 (・・・いや、おれが困るとかそんな風には思いませんか?)


 思わない。


 この海賊団は、そんなことは露ほども思わない。


 んなこたぁ分かってたよこんちくしょう!



 てなわけでサンジは、

 一日中、引っぺがしても逃げ回ってもまとわりつくミニチュアゾロに、これ以上なく困惑していた。







 2につづく