ゴーイングメリー号は、今日も平和にグランドラインを進行中。


 夕食後の鍛錬を終え、

 麦わら海賊団の剣士ロロノア・ゾロは、汗を流すため風呂に入ろうと倉庫に行こうとして、

 その中から伝わる妙な感じに、思わず気配を殺して近づいた。


 人の気配。

 こんな深夜に?


 すぅと息を吐いて呼吸を読む。


 (・・・クソコックか。・・・食材でも探してんのか?)

 そう思ったが、息は潜めたままだ。

 サンジが、夜中の倉庫にいるのなら、そう不思議なことでもない。ここには食料も備蓄してある。

 ただ、なんだか雰囲気が違う。

 切羽詰ったような、焦ったような、甘ったるいような。

 中にいる者の呼吸は、確かにサンジのものなのに。

 覚えのある呼吸、だが、感じたことのない気配。


 ・・・まぁいいか。


 誰よりもまっすぐで、誰よりも朴念仁な男。

 ロロノア・ゾロは、少々いぶかしみながらも、倉庫のドアに手を掛け


 その禁断の扉を、開いてしまった。






  【H・M 前編】





 ゾロとサンジは犬猿の仲だ。

 お互いが、顔を見ればくだを巻き、寄ると触るとどつきあう。

 航海の途中で出会った人々も、メリー号のクルーたちですら、
 『あぁ、この二人は根っから仲が悪いんだなぁ』と、少々遠巻きに見ていたくらい。


 普段は女に甘く、年少組に優しい(男には厳しいが、仲間となると別だった)メロリンコックが、

 ゾロにだけは嫌悪も顕わに皮肉を吐くのだ。

  曰く、『いつまで寝てんだクソマリモ』
  曰く、『脳味噌まで筋肉で出来てんじゃねぇの、緑苔』
  『藻』 『光合成中の草』 『芝生』 『筋肉ダルマ』

  ・・・人ですらねぇじゃねぇか。

 元海賊狩り、魔獣、未来の大剣豪 と恐れられる男も、サンジにかかれば緑色の植物でしかないようだ。


 煙草を燻らし、蔑むような目でゾロを見下し、足癖も悪く、よく回る口で厭味を連ねる。

 ゾロが知っているサンジはそんな感じだ


 いくら綺麗なツラをしてようが、見たこともない程の美しい金色の髪を持っていようが。

 その手で作られる料理がクソうめぇことを知っていようが。

 仲間のために簡単にその身を犠牲にする優しさを、とても哀しい、と思っていようが。

 ゾロの持つサンジのイメージは、いつまで経っても『イラつくメロリンあほ眉毛』だった。





 ・・・なのに、これは、誰だ








 深夜。船内。

 薄暗い、月明かりだけが頼りの場所で。

 魔獣は、その強面の顔をさらに険しくして、立ち尽くした。


 思えば、なぜ扉を開けてしまったのか。

 気配が、雰囲気が違うと、分かっていたはずなのに。

 いつもいつも、会えば喧嘩になるコックが、そこにいると分かっていたのに。



 サンジは、ゾロの放つ殺気にも似た空気に、艶めかしい蒼い瞳をこちらに向けた。


 背中を向けたまま左手を股の間に埋め、 右手にはしっかりと・・・



 腹巻を握り締めて。





   **************          ************









 サンジは、ゾロが好きだった。



 それはもう、 姿を見るだけで、抱きついて、その逞しい胸に顔を埋めて、 

 『大好きだクソヤローーーーー!!!』 と、叫び出してしまいたいほど好きだった。

 アホである。



 いつからか。

 思い出してみても、分からない。

 バラティエで初めて出会ったときか、鷹の目に挑む姿を見たときか。

 アーロンパークでの戦闘のときか、ココヤシ村の宴で初めて二人で酒を飲んだときか。

 それよりもずっと後なのか。

 この瞬間に、ゾロに惚れたんだ。というときは分からない。

 ただ着々と、粉雪が降り積もるように、サンジの中で想いだけが増していった。


 そして、サンジは自分で思っていたよりずっと、天邪鬼だった。


 麗しいレディにメロリンすることはあっても、男相手にスキスキ言う自分を想像して、反吐が出そうになった。

 (あぁーーー・・・最悪。なんであんな鈍チン緑マリモに惚れちまったかねぇ。) 

 筋肉ダルマに抱く恋心を自覚できても、自分からどうこう・・・なんて出来ない。 絶対出来ない。



 なので顔を突き合わすと逆に、皮肉ばかりが口を突く。その次には蹴りが出る。

 男に恋をした自分を蔑みながら、それでもゾロとの喧嘩は止められない。

 楽しいから。



 今まで、本気の喧嘩で勝てなかった奴はジジィぐらいだったもんな。

 同年代のヤローがもともと周りにいなかったし。なにしろゾロは強ぇ。俺が本気出して蹴ってもビクともしねぇ。


 『戦闘』として二人が対峙したなら、 サンジは負けるかもしれない。と思う。

 そしてゾロは、己の信念のためなら、仲間であっても斬り捨てる。 

 サンジは、その潔さを、いっそ清々しい、と思いながら。

 心のどっかでは「でもちょっと、哀しい」とも思っていた。


 しかし『喧嘩』なら、負ける気がしない。

 口でゾロがサンジに勝てるわけがないから。

 あの無口で無愛想な朴念仁が。寝ることと体を鍛えることと酒を浴びることにしか興味のなさそうな男が。

 『口から生まれた』と言われてきたサンジに敵うわけがないのだ。



 そんなわけで、ゾロに嫌がられるのは分かっていても、目が合うと近寄っていってしたり顔で軽口を叩く。

 しかも、ゾロがいちいち反応するから、どんどんエスカレートしてしまう。


 それでも・・・ゾロに構ってもらえて、サンジは嬉しいのだった。



 嫌われていると、知っていても。










 *****     *****     *****







 深夜のメリー号、倉庫内。

 最近は、夕食の後片付けの後、ここで一人物思いに耽るのが日課になっていた。

 煙草を銜えながら、ゾロのことを考える。




 サンジは、ジャケットの内ポケットから、小さく折りたたんだ毛糸の腹巻を取り出した。

 緑色のそれは、所々ほつれて大分痛んでいる。

 「・・・もうそろそろ替え時、かな」

 匂いも薄れてきたし。と一人ごちて、その腹巻に顔を埋める。



 洗濯時に、脱ぎたての腹巻をちょろっと懐に収めればいい。

 あの単細胞剣士は、たくさんあるうちの一枚や二枚なくなっても、気にも留めないだろうから。

 そう思いつつ、ザラリとした毛糸を、舌を出して舐める。



 「ぞろ・・・」


 想い人の名を呼び、目を閉じて、寛げたズボンに左手を潜り込ませた。


 ゾロの匂いが染み付いた腹巻。

 最初、その腹巻姿をみたときは、あまりの衝撃に目眩がしたっけ。・・・・・呆気にとられて。

 それが今じゃ、腹巻ナシのゾロなんて考えられない。とまで思ってしまっているから重症だ。

 たとえ自分のやっている事が、他人から見てあまりに滑稽な嗜好であっても、かなり変態ちっくな趣味でも。

 それに体がどーしよーもなく反応してしまうのだから仕方ない。



 「っぁ・・・ふ・・・っぅん・・・」

 鼻にかかった息を漏らしながら、屹立した雄を扱く。大剣豪が自分の性器を愛撫する様を思い描きながら。

 腹巻に鼻を擦りつけ、愛しい男の匂いを嗅ぎ。 大量に溢れてくる先走りの液を、雄全体に塗りこめる。

 グチュグチュと、湿った音が耳に届き、サンジはブルリと身震いした。

 (・・・うぁ、ん、ゾロ・・・俺の・・・もっと、触って・・・)

 声を殺すため、腹巻に噛み付く。

 ん、んぅ・・・。とくぐもった声を漏らしつつ、カリやら亀頭やらをヌルヌルの指で撫で回す。

 長い間ゾロに捲きついていた腹巻からは、汗と埃と、雄の濃ゆい匂いがした。


 『オラ、キモチいいかよ、エロコック。・・・言わねぇと、イカせてやんねぇぞ・・・・・・サンジ』


 (気持ち、ぃ・っから、・・っぞろぉ・・・)


 想像の中のゾロは、イヤらしい笑みを浮かべ、尊大な態度でサンジを好いように煽り、

 なぜか優しい声で名前を呼ぶ。



 ・・・名前なんて、呼ばれたこともないくせに。




 勝手な想像に独り身悶え、しとどに陰茎を濡らす。その姿はあまりに滑稽だ。

 ゾロの、あの手で触って欲しい。 そう思う自分は、なんておこがましいんだろう。

 虚しさに、じわりと涙が浮かんだが、拭うこともせずそのまま性器を弄り続ける。

 もうちょっと、あとちょっとで・・・。

 ゾロの髪と同じ色の腹巻を、握り締め、鼻先を埋めながら、尿道口にグリッと親指の腹を割り入れる。

 「は・・・っぁあん・・・い・・・」





 その瞬間、

 背後から恐ろしいほどの殺気を感じて振り返る。



 開いた扉の内に、月明かりを背に魔獣が佇んでいて。



 「ふぇ?・・・ぁあぁあんっっ!!」



 その姿を視界の隅に止めたとたん、サンジは放っていた―――――。





 後編につづく