『クリスマスイブの夜なのにピンチです!!』

『付き合い始めて間が無い彼氏の家で
雨に降られて帰宅した途端
突然の停電により、電気がつかず暖房もつかえずお風呂も入れず
寒さをしのぐために、裸でくっついて温め合っていますが

このあとどうすればいいでしょうか』

ラジオネネーム 恋するメロリンさん、二十六歳男性の方からいただきましたー。
さぁーこういう場合どうしましょうねぇー

もしもサンジのもとにそんなお悩み相談が来ようもんなら、間違いなく言う。
「んなもん知るかぁぁぁ!!!」 と。
なにそれノロケ?ケンカ売ってんのか!? あと、ちょっと本気で 爆発しろテメェら!とも思うだろう。むしろそっちも口に出しちゃうかもしれない。

しかし、それが自分の身に降りかかった出来事だとすれば、話は別である。
サンジは今、猛烈に誰かに相談したい。この際、匿名でこどもでんわ相談室とかにでも電話しちゃいたい。
とにかく誰でもいいから助けてください。

もしくは攻略本をください。ロロノア・ゾロの。





 【 2 〜in the dark holly night〜 】



胡坐をかいたゾロの膝の間に納まり、一糸まとわぬ姿で毛布にくるまれ、非常灯がわりのアロマキャンドルの炎に照らされて―――サンジはぎこちなく身動ぎしてみる。まぁ実際問題、誰に相談できるわけもないんだけど、こんな状況。

「こら隙間開けんな、まだ冷えてんじゃねェか」
「むぐぁ」
きもち前のめりになったサンジを腹前にまわした腕で引き寄せ、ゾロが耳元で囁く。掛かる吐息がくすぐったくて勢い、サンジの口から色気のない声が漏れた。
ついでにきつく抱きしめられサンジの足先をゾロの足に、指先を掌にくっつけられて、サンジの背中には彼の腹があたって。 じわり肌に伝わる体温にサンジは、ひそかにきゅうと肩をすくめ縮こまる。


冷たい雨に打たれ奪われていた体温は徐々に戻ってきている。ゾロも同じように濡れていたはずなのだが、豊富な筋肉量のせいかすでにサンジよりだいぶん体温が高い。熱源に触れているみたいで、血の巡りの良くなった手足の先がジンと、少しの痛みを伴って痺れた。

『雪山で遭難した男女が濡れた衣服を脱ぎ裸で抱きあって互いの体温を分け温め合う』 という、ひと昔前の少女漫画なんかでよくあったベタな展開。
それを実際みずからが疑似体験する日が来るなんて、誰が想像できただろう。
少なくともサンジには想定外の出来事だった。ていうかこれなんてエロゲ?

たしかにゾロはあったかいんだけど。温めてくれているのはありがたいんだけど・・・けれどとても居た堪れない。できればお気持ちだけ頂戴したい。

しんと静まり返った室内。窓の外ではまだ降りやまない雨が、ざばざばと滝のような音を立てている。耳に届くのは雨風と、キャンドルの炎がわずかに揺れる音、それに自分たちの息遣いだけで―――それでも無音でないだけマシか。 ゾロの上でもぞりもぞりと体勢を整えながら、サンジは小さく息を吐きだす。ほんとこれ、なんつーエロ展開なのかと、この短時間で何度目かの溜め息。暖房もない、下がり過ぎた室温で吐息が白く曇った。



さてまず、こんな状況になった経緯を、少しだけ時計を戻して整理してみよう。
サンジ自身、脳内を整理する必要があるし、そうでもしてないとちょっと耐えられそうにないからである。
裸の尻に触れる、ゴリゴリと硬い感触を与えるゾロのイチモツに。



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サンジにとってロロノア・ゾロという男は、ただの同僚ってだけでなく。ひと月半前に気持ちを受け入れてもらえ、ようやく付き合えるようになったばかりの、初めての恋人なのだ。
男同士という手前おおっぴらにできる関係でもないけれど、それ以上に『恋人』と呼んでいいのかどうかも微妙なライン。

サンジとゾロの働く会社は医療系販売業。世間が賑わうクリスマスシーズンなどもろに繁忙期。年末進行で(大型連休前はいつもそうなのだが)営業であるゾロはもちろんのこと、大量発注がかかるせいで事務方のサンジもてんてこ舞いだ。
部署は違えど会社で顔を合わせる機会もあるにはあるが、毎回タイミングが悪いというかなんというか、いつもすれ違いで。メールや電話ではちょいちょい会話しているものの、かといって就業後に揃ってどこかへ行くわけでもなく、休みの日に会うわけでもなく。
面と向かって会えてないこのひと月、進展らしきものが見られない。

サンジはこれまで、付き合いはじめのカップルなんて、蜜月期と呼んでもいいぐらい無駄にイチャつくもんだと思ってた。
けれど、どうやら自分たちにその法則は当てはまらないらしい。

イルミネーションに彩られた夜の街道で、カップルが楽しげに見ている派手に電飾が巻きついたツリーをひとり眺めながら、羨ましさのあまり(これいっそ燃えちまわねぇかな…)なんて物騒なことをサンジが考えたのも一度や二度じゃなかった。―――今となってはそのバチがあたったとしか思えない、因果応報とはこのことか。


そんなクリスマスイブ。

朝、出社したサンジを待っていたのは、ゾロからの食事のお誘いという嬉しいサプライズだった。―――っていうか、まさかの当日アポイントて。おれに予定があったらどうするつもりだったんだよ…いやゾロと過ごせるかもと淡い期待を抱いて一応空けてはあったけども!―――なんて細かいことはとにかく。この日ばかりは互いに(むしろ社内全員が)超特急で仕事を終わらせ、ゾロと待ち合わせてレストランで食事・・・まではよかったのだ。

イブにゾロから食事に誘われたことにも驚いたが、それがそこそこ値の張るイタリアンリストランテだったのにもまた驚いた。ゾロはそういう、世間が思い浮かべるロマンチックなクリスマスとか、過ごさなさそうランキング五本の指に入りそうな奴だと思ってたもんで。
だから、カップルっぽいこともやればできるじゃねーかおれら、なんて自信が芽生え始めたのもつかの間。

問題は夜になって降り出した突然の雨。それもバケツをひっくり返したような、という比喩がぴたりとあてはまる集中豪雨。
今思えばこれが全ての元凶なのだが、そのときのサンジはまだ、イブに雨とかマジついてねーなー ぐらいに軽く考えていたのだ。


最寄りのバス停から走った距離はそう長くないが、ゾロのマンションに着くころにはサンジのスーツは水を吸い込み重く、内側にまで浸透してひどく冷たかった。持っていたカバンも着ている服も、髪も靴も、下着までぜんぶびしょ濡れの状態で、凍えそうになりながら。
ゴロゴロと遠くで響く雷鳴が、さらにサンジの気持ちを萎えさせる。ここまでくるともう、軽ーくなんかに呪われてるんじゃねーか?





部屋に着きパタンと玄関の扉を閉めると、ごうごうと音を立て鳴る雨風が、壁を隔てて遮断されたことにほっとした。
「・・・っぐひいいいぃくそ寒ぃぃぃ!!」
一息つくと麻痺していた感覚が戻ってきたらしい。冷気に肺が絞めつけられて息をするのも苦しく、身を刺すような冷たさが全身 手足の先まで震わせて、サンジはガタガタ震えながら部屋の主に向かって叫んだ。
「寒い言うな余計寒い」
答えながらも同じく濡れ鼠になっている隣の男―――ロロノア・ゾロは手早く靴下を脱ぎ、お前はここで待ってろと言い置いてバスルームへ消え、すぐに大判のタオルを手に戻ってくる。ぺたぺた濡れた音をたてる足裏に煩わしそうに顔をしかめながら。

「災難だったなァ」
そのままガシガシと、ゾロにタオルで頭を拭かれて、サンジは驚いた。
ゾロ自身ずぶ濡れになっているのに、こっち拭くのを優先してくれるとか、おめぇそりゃ反則だろ。
ゾロに対する『好き度メーター』みたいなもんが目に見えたら、サンジのはとうに上限振りきれているはずなのに、まだ上がる幅があったのかと。同時にほんのちょっとだけ、雨に感謝したい気分にも。
「オイ、ぼさっとしてんな早く脱げよ」
「・・・っうえ?」
「スーツ。皺になるだろ、お前のも干しといてやる」
「あ、ああ、うん・・・」

ゾロのこういう見た目に反して、思ってたよりマメというか、意外と生真面目というか・・・な部分は、最近になって知った。 いや、社会人なんだから出来て当たり前なんだろうけど、それまで勝手に抱いていた豪胆なイメージからは想像もつかないのだ。こんなギャップ見せられたらそりゃ女の子にモテるはずだ。
優しくされるとひどく戸惑って、サンジはまだ慣れないけれど。

言われるまま上着のボタンに手を掛けるが寒さに震えて上手く外れてくれないし、腕を抜こうとしたら今度は水気で張りついて袖が抜けず、もだもだしているとゾロが見かねたように手伝ってくれた。
シャツもスラックスも剥ぎ取られて、ボクサーパンツのみになった格好で立つサンジを、しゃがんだゾロが見上げる。眉をしかめて口を歪める、ゾロ特有の笑い方で。
「下着も脱がせてほしいのか?」
「・・・ひ!?や!いい、自分で・・・ぎゃあ!」
ゾロにパンツをずりおろされて叫び、慌てて両手で股間を隠す。その部分に触れた自分の手の冷たさに飛び上がりそうになったけど。
「・・・ほら足抜け。んで、風呂はいってこい。風邪ひくぞ」
なんでもなさげに立ちあがったゾロがサンジの服を纏めて持ち上げると、びじゃーと滝のような水滴が滴って。サンジは抗議の声をあげるタイミングを完全に逃してしまった。
男同士なんだし、そんな恥ずかしがるようなことでもないだろとか、言われてしまえばそれまでなんだけど―――っていうかおれだけ裸に剥かれるとか納得いかねぇし。

まだ濡れたスーツを身にまとったゾロに、背後から手を伸ばそうとしたその瞬間、

ドオォォオオォォン!!とまるで地が割れたような音がして、一気に目の前が真っ暗になった。


ビリビリと鼓膜と肌に突きささる衝撃と振動。 驚いたサンジはとっさにゾロの背中に飛びついた。
「わー!わあああ!?なに、爆発!?」
「落ち着け、多分カミナリだ。ブレーカー落ちたか」

突然訪れた暗闇に混乱しているサンジをよそに、ゾロが手早く携帯のライトの明かりで視界を確保し、サンジをバスタオルにくるんで抱きかかえ、リビングへと運んでくれた。
動くなよ、と言い置いてそのままゾロは部屋を出ていく。呆けたままサンジが水気を拭きとってる間に、どこかから蝋燭やら毛布やらを持ってきて。
自身も服を脱いだゾロがサンジを膝にかかえて毛布にくるまって。
ガタガタと震える身体を抱きしめてくれた。

それがいまから数十分前のこと。 そこからずっとこの体勢でいる。



******************



ケータイで確認した情報によると、落雷で電線が断裂したらしい。窓から見える外の景色で、どうやらこのマンションの一角―――綺麗に定規で線を引いたように数キロ四方が停電していることが分かった。

「・・・復旧、まだかな・・・」
「んなすぐにはいかねェだろ、このへん一帯なんだし。まだ寒ィか?」
「・・・んー、もうそんなでもねぇけど・・・」
雷と停電で起こった精神的なパニックはだいぶ落ち着いたのだが。さっきまで雨で濡れ寒さにぷるぷるしてたサンジの体は、あらかた乾いた今となっては違う種類の強張りをみせている。



ぴたりと前で合わせた柔らかな毛布にくるまれ、ぎゅっと後ろから抱きしめられて、触れれる部分ぜんぶゾロにあたためてもらって―――通常ならきっと胸キュンものの体勢なのに、尻の間にずっと挟まっているゾロのイチモツが一番熱くて・・・サンジはコレをどうしていいか分からない。
ついでにゾロ、ひとの背後でこんな完勃ちしてる本人がなんでそんな普通に会話してられるのかも分からない。

わざとなのか不可抗力なのか時折り圧しつけられる塊から、サンジの方へも熱が移りそう。
あからさまにいやらしい雰囲気だされてたほうがまだマシだ。ゾロに何事もない顔をされるのは、サンジだけが意識させられているようで、それはそれで悔しい。
・・・いっそ言ってしまおうか。 『スイマセンおたくの息子さんが御立派に育ってますよー』とかなんとか冗談めかして。
けどそれはあれだろ、赤ずきんちゃんが狼に『おばあさんのおくちはどうしてそんなにおおきいの?』って聞いたあれと大差なくね? 自分から巣穴に飛び込んでるも同然なんじゃ?
考えれば考えるほどこの状況、ドツボに嵌り込んでいってるようで、ほんと居た堪れない。

(こんなとこで悩むくらいなら、あの時スパッとヤっちまえばよかった・・・のか?)


先月のゾロの誕生日、初めてこの部屋に来たあの夜に。
告白したあと、受け入れてもらって、いい雰囲気になって―――そのチャンスをふいにしたのはサンジのほうだけど。
これまで耳にした数々のゾロに関するうわさ、その中でも最たる『ロロノア絶倫説』が脳裏をよぎってしまったがために。ゾロに体を触られそうになったことに怖じ気づいて、いやちょっと待てそれはまだ心の準備が…なんて、ハジメテのカレシを前にお預けくらわす女子みたいなことのたまったのは自分自身なんだけれど。

まさかあれから、ほんとに指一本触れてもらえないなんて、思わねえよ普通。

ぶっちゃけびびりまくってたのは認める。その日その直前までまさかゾロと恋人になれるなんて思ってなかったわけだし、ちょっとまさか自分が受け入れる側になるなんて想像してなかったわけだし。
そしてあの夜から今のいままで、そんな雰囲気になることもなかったからか、急に巡ってきたエロいシチュエーションにサンジがテンパってしまうのはどうしようもないわけで。ウソップの純情っぷりも冗談めかして笑ってられねぇなこりゃ。



とりとめのないことに考えを巡らせたところで埒が明かない。
きっかけを探るつもりでサンジは半ば無理やり、くるりと首だけで上向いて、ゾロのほうを仰ぎ見た。
少なくとも今この時、ゾロがどんな表情してるのか見れるんじゃないかと。
こう、あわよくばゾロもエロッちぃこと考えてて、あわよくば向こうからソッチ方向に持ってってくれないもんかと。

(心の準備なら・・・もうできてるんだけど・・・や、そんなもんいつまでたってもできるわけねえけど・・・だからこそゾロの方から多少強引にでも来てくんねぇと・・・もういいよ、ってこっちから切り出すのとかクソ恥ずかしすぎるんですけど・・・!)


一メートル先は真っ暗闇の室内。ろうそくの淡いオレンジ色の光のなかで見るゾロの面差しは思ってたより彫りが深く、影を落とした表情からは感情が読み取れなかった。ただ目に見えたところで眉間の皺や引き結ばれた口元、たぶんこれはいつもと同じ仏頂面。それがゾロの標準の造作なんだろう。なんら常との違いは見つからない。
「どうした?」
振り向いたサンジを不思議に思ったのかゾロに静かに聞かれて―――いや、どうしたじゃねぇよ。

パチンとスイッチを切り替えるようにサンジの感情が、戸惑いから憤りに変わる。つまりは『なんか腹立ってきた』ってことなんだけど。

付き合ってる恋人が、裸で、直で、くっついてるこの状況で。 どうしたはなくね?おかしくねぇ?なに自分だけ関係ありませんみたいな顔で高見してんだコラ。だいたいゾロの家に来てる時点でそういう方面の期待だってしてただろうが。こちとらテメェのせいで欲求不満の塊になってんだよ、分かれよ。

―――もしそれを、口に出して言えるような関係なら、最初からこんなもどかしい思いはせずに済んでいただろう。

まだゾロに身を委ねることへの未知の恐怖はある。
ただそれと同時にサンジの中にある恐れは、『心まであずけていいか判断できない』ことだった。
恋人になる、イコール、ゾロの方もサンジを好きになってくれた、ってわけじゃなかったから。
どうしても距離を測ってしまう。近づくことを躊躇ってしまう。拒絶されるのが怖くて。

そんな臆病な気持ちを払拭するのに充分なほどの憤りと『もうどうなろうと知ったことか』という投げやりな覚悟が、サンジの腕を上げさせた。
こういう、マイナスの感情を原動力にしないと行動おこせないところが、自分の悪癖だと分かっちゃいたが。



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