冬島。寒い日。ふたりは・・・ 1
「うっお〜寒ぃ〜〜〜!!!」
夕食後の洗い物を終え、かじかんだ手を擦(さす)りながらサンジは呟いた。
呟く・・・と言うよりそれは、むしろ絶叫に近い。
いくら北の生まれとは言え、こうも雪が降りしきる中、冷たい水での洗い物は、なかなか応える。
もともと肌が強い訳でもなく。片付けが終わった後は、いつも手が真っ赤になってしまうのだ。
「ひぃ〜!冷てぇよ〜寒ぃよぉ〜!!」
こすこす両手を擦(す)り合わせながら、誰にともなく独り言を言う。
傍(はた)から見れば、かなりアブナイ19歳だ。
しかし、クルー達は皆寝静まっていて、聞かれる心配もない。
コックとしてのプライドを十二分に持っているサンジが、普段は人前で料理に関して愚痴など零すはずもないが、
さすがに限界だ。
一人きりだと分かっているので、どうしてもぶつぶつと意味もなく言葉が洩れてしまう。
船のコックとは、案外 孤独な職業だった。
だから。
聞かれるはずがないと。
誰もいないと思っていたのだ。
深夜のラウンジに入ってくる者など、誰も。
「・・・寒いのか」
低く、囁かれたその声に、サンジは数センチ飛び上がって驚いた。
「んな・・・なな・・・」
ここは冬島海域。
外はしんしんと降る粉雪。
それなのに。入り口に立っていた男は。
半袖のジジシャツに腹巻、黒いズボン。
どんだけ季節感無視だよ!!?な、
緑のマリモヘッド野郎だった。
(・・・・・・腹だけ隠せばいいってもんでもねェだろうに。)
もう、急に入ってきた剣士と、ヤツのあまりにもな薄着、どっちに驚いていいのか分からない。
「あぁ?コック、酒」
口をあんぐり開けて驚いているサンジに構わず、ゾロは悠々とラウンジの椅子に腰掛けると、頭に積もった雪を払った。
「お、おいコラコラ、ここで払うんじゃねぇ!!」
ようやく気を取り直してタオルを投げてやると、ご所望の酒と、軽いつまみを用意する為に、再びキッチンに立つ。
(ったく、しょーがねぇ剣士サマだなぁ。。。)
などと思いながらも、自然に顔が綻ぶ。
はた、と我に返って、
(いやいや、ちっとも嬉しかねぇぞ!?こんな時間からラウンジに居座られて、俺ぁ迷惑してんだからな!!)
と、誰に聞かれたわけでもないのに、赤くなって言い訳なんかしてみた。
だから。ゾロに背を向けているサンジには、
後ろで魔獣がニンマリとほくそ笑んでいることなど、
知る由もなかった。
「ほらよ」
どん、とぶっきらぼうに酒と肴をテーブルに置いて、そそくさ立ち去ろうとすると、
急にゾロに手を掴まれた。
「ぁえ!?」
「冷てぇな・・・。ひび割れてんじゃねぇか」
やけに真面目くさった表情で呟いて、分厚い手でサンジの手を擦りながら、はぁーーっと息を吹きかけたりしてきやがる。
「・・・は?」
えー・・・と、ロロノアさん?
「おめぇ、島に着いたらウソップに頼んで、湯沸し器でも作ってもらえ」
「・・・はぁ・・・」
??え?――と?
「って、なにサムイことしてんだてめぇはーーー!!!」
ぼぼぼぼぼんっっっと一瞬で真っ赤になったサンジは、慌てて手を引っ込めた。
サンジとゾロは、喧嘩仲間だ。
とりあえず、一日一回は喧嘩する。いがみ合う。嫌味を言う。
殴る、蹴る、どつき合う。
周りからすれば漫才にしか見えなくても。
お互いに、相手のことを『いけ好かない』と思っているのは明らかだった。
・・・たとえそれが、サンジにとっては見せかけにしろ。
なのに・・・・・・
「あぁ?なんで寒いんだ、温めてやってんじゃねぇか」
そっちの『サムイ』じゃねぇよ!!
なんだこの腹巻バカ!!!
男が男の手ぇ握って、何が楽しいんだ!?
いや俺は嬉しいけど・・・・・・ってんなわけねーだろ俺はあほかーーー!!
サンジは、奪い返した己の右手を、左の手で握り締め、ゾロに向き直った。
急に高い温度に触れたせいで、ジンジンと痺れている手が熱い。
頭はいっぱいいっぱいなのに、口がぱくぱく開くばかりで声にならない。
「ほら、まだ冷てえだろうが。手ェ出せ」
「うん・・・?」
当り前のことのように、ゾロが掌を差し出すので、サンジもその上に自分の手を置いて。
・・・・・・いや違うだろおれ!しっかりしろ。
なに普通にマリモに指撫でてもらってんだよ!?
なんだこの構図!!サムイだろ!ヒクだろ!!
つか、ぬっくい手だな・・・ごついし熱いしでけェし。。。
ほんとにこのクソ腹巻は考えなしだな・・・・・・などと思いながらも、
ゾロの乾いた大きな手は熱くて。
それになんだか気持ちいい。
「・・・クソ、おめぇの手・・・熱ちィよ・・・」
「そうか?おめぇが冷えすぎなんじゃねぇか?」
ほら、とゾロは、サンジの指先に口付ける。
どきーーーっと、心臓が大きく跳ねた。
「うにゃっ!」と変な声まで出た。
その瞬間、ゾロの目が鈍い光を帯びて眇められる。
獲物を狙った肉食獣のような瞳のまま、サンジの指をぺろりと舐めた。
ひび割れて赤くなった指先に濡れた舌の感触を認め、余計に熱く感じる。
あぁ、人間パニックになると余計なことは考えられなくなんだな・・・
と、サンジはどっか遠くの方で考えていた。
いつの間にか床に座らされ、ゾロの太腿の下に両手を挟まれて。
頬を、撫でられていた。
(あれ?なんでこんなことになってんだっけ・・・?)
あぁそうか、俺が「寒い」って言ったから・・・
サンジは頬といわず、顔全体を撫でられ、耳に指を入れられながら、回らない頭で一生懸命考えた。
ゾロは、サンジを温めようとしてくれているのだ。
(クソ剣士も、優しいとこあんじゃねぇか・・・)
だから。
触れられたところが熱いのは当然だ。
それ以外の意味なんて求めちゃいけない。
耳とか、首筋とかの薄い皮膚を指が掠めるたびに、声が出そうになってるなんて。
ゾロに触られるのが気持ちいいと思ってるなんて。
気付かれちゃいけない。
サンジは、まったくもってアホだった。
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(ほんとにアホだな、このコックは・・・)
ロロノア・ゾロは少々呆れて、赤い顔のコックを見下ろした。
コックの大事な指に触れても口付けても、その顔や肌を撫で回しても。
ビクビクと体を震わせながらうっとりした表情を浮かべるだけで、蹴りの一つも飛んで来ない。
普段のコックからは考えられない変わりようだ。
その様子に、ひょっとしてコイツは誰にでもこんなことさせてんじゃねぇか?と、
自分から仕掛けておきながら理不尽な怒りが湧き、噛み付いてしまいたい衝動に駆られた。
噛み付く代わりに、コックの鼻の頭に唇を押し付ける。
それにも、ビクリと肩を竦ませるだけで、抵抗しない。
(コイツはあれか・・・危機管理能力ってやつがねぇんだな・・・)
その『危機』に陥れているのは他ならぬゾロ自身だ、ということはこの際 棚に上げておく。
試しに、頬を舐め上げると、サンジは「ふっ・・」という切ない喘ぎを洩らした。
「おめぇ・・・まだ冷てぇじゃねぇか・・・」
・・・嘘だ。
冷たいどころか、手も、顔も、肌も。まるで熱を持ったかのように火照っている。
ゾロは、クッと笑いを喉の奥で噛み殺し、サンジの耳元に囁いた。
「もっと、熱くしてやるよ・・・」
その言葉に、サンジは小さく震え、ふーっと体から力を抜いた。
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