「・・・なに、してんだ、おめぇ・・・?」


海賊船ゴーイング・メリー号のバスルーム。

我らが麦わら海賊団の剣士、ロロノア・ゾロは、扉を開けた姿勢のまま、呆然と呟いた。


目の前には、この船のコックの姿。


・・・否、コックだけれど、コックじゃない。


「何って・・・髪、染めてんだけど?」

吐き捨てられた驚愕の台詞に、かぽーーーんと剣士の顎が床に着いた。






キューティー☆ブロンド







誰もが認める女好き、ラブエロコック・サンジは金髪碧眼に白い肌。

ぐるぐる眉毛がトレードマークの優男。

・・・だったはずだ。


その絹糸のようなさらさらのハニーブロンドは、潮風に揺られてなびく様も美しく、

ゾロは何度その髪を梳きたいと思ったことか。

実際にやるともれなくすさまじい蹴りが飛んでくるだろうから、実行したことはないが。


いつも太陽の光をきらきらと反射して眩しいくらいで、まるでそこだけ光が集まっているかのようで。

思わず目を眇めてしまうと、「あぁん!?なにガンくれてんだコルァ!!」と、毎度おなじみの喧嘩に発展してしまうのもしょっちゅうで。

そんな喧嘩の最中にも、ふわりと揺れる金糸に目を奪われる。

普段はムカつくメロリンコックだが、ゾロはサンジの金色に光る髪は悪くないと思っていた。


あんなに綺麗な髪は見たことがねぇ。触りてぇ。髪ん中に鼻つっこんで匂いを嗅ぎてぇ。その髪にキスしてぇ。


そんな脳みそ腐ったことを無自覚にも日夜考えるほどには、気に入っていた。





そのコックが、深夜の風呂場で行っていた行為。


夜の鍛錬を終え、汗を流そうとやってきた剣士が見た彼の・・・



髪がっっっ!!



真っ黒になってるーーー!!!



「あがががが・・・」

「はぁ?人語しゃべれよ、マリモマン」

腰にタオルを巻いただけの姿でバスタブの縁に座り、頭にべったり墨色の液体をつけて、胡乱げな表情で見つめてくるサンジ。

しかしそんな軽口にも対応できないほど、ゾロはうろたえていた。

仮にも世界最強を目指す剣士が。

仲間のコックが髪を黒く染めたぐらいで(いや、彼にとっては一大事なのだが)。

涙まで流して盛大に狼狽した。

そりゃぁもう、どばどばと。

この世の終わりのような表情で。



「おい・・・ゾロ?」

サンジはさらに眉を寄せ、怪訝な顔で剣士を見る。

「おめぇ、だいじょう・・」


「なんてことしやがったてめぇーーー!!」

ゾロのあまりの剣幕に、大丈夫かと言おうとしたらしいサンジの目が、真ん丸に見開かれた。


「おめ・・せっかくの綺麗な髪を・・もったいねぇ。髪が痛むだろ・・・あんな綺麗だったのに・・・ルフィみてぇじゃねぇか・・・クソ、どーせ染めるんならミドリにしろよ・・
いや駄目だ。やっぱり染めんじゃねぇおめぇは金髪でいろ。戻せ、すぐ色戻せ!!」


ぼとぼとと涙を流しつつ、落ち込んだり拗ねたり理不尽な命令をしたり。

まぁ、自分でもなにを言ってるのか、分かっちゃいなかったが。

しかし聞いてるうちに、今度はサンジの方がどんどん落ち込んでいった。

「なんだよ・・・ゾロが、おれの髪 嫌いだって言うから・・・」

いつもの剣幕もどこへやら、こちらも泣きそうな顔になりながらの呟きに。

ゾロの目が、驚愕に見開かれる。


は? 嫌い!? おれが、こいつの髪を、・・・嫌い!?


それを聞いてますますゾロの頭に血が上った。

「・・・っっ言ってねぇ!いつだ!?いつおれがそんなこと・・・」

「だって、ナミさんが・・・」

言い募ろうとしたゾロを遮り、サンジが悲痛な声を漏らす。瞬時に、ゾロの眉間に深々と皺が刻まれた。

「ナミが・・・?」


あの、魔女のせいか!






サンジが言うには。

数日前の喧嘩を(拳骨で)止めたナミが、サンジを唆したのだそうだ。

『ゾロはサンジ君の髪が眩しくて仕方ないのよ。そこにあるのに手が伸ばせないせいでイライラしてるの。・・・・・・あなたも罪つくりね、コックさん』

ニコリと悪魔の笑みを浮かべた魔女の呪文を聞き、

(じゃぁおれの髪が眩しくなくなれば、ゾロは俺を睨まないんじゃないか?)

船長や船医に向ける優しい眼差しを、サンジにも向けてくれるようになるんじゃないか。

もっと、穏やかな時間を、ゾロと一緒に過ごせるようになれれば。

そう思って、髪を黒く染めるに至った、と。



「おまえ・・・ばかだろう」

染髪料を未だ流さず髪をぺっとり薬液で覆ったまま、ぽそぽそと呟くサンジに、

ゾロはおもいっきり憐れむような目を向けた。

常々、そうじゃないかとは思っていたが、ここまで馬鹿だとは思わなかった。

「なん・・・だとコラァ!?」

「ナミの言葉のどこに、おれがおまえの髪を嫌ってるなんてあったよ?」

気色ばむサンジに、ようやく落ち着きを取り戻したゾロが言い含めるように言う。

「え??・・・え?」

「たしかにおめぇの髪は眩し・・・かった。だが、嫌いなんて思ったことねぇよ。どっちかっつうと、すげぇ・・・良いもんだと思ってる。すげぇ好きだと、思ってる」

「う・・・え?」



「好きだ、サンジ」






好きだ。

素直に口を突いて出た言葉に、ゾロ自身も驚いた。

(そうか、おれぁこのアホ眉毛が好きだったのか・・・ただの髪フェチじゃなかったのか・・・)

だから、気になった。髪だけじゃなくて。

女性陣にメロリンしている姿を見て苛立った。

自分を見てほしくて、わざと突っかかる態度をとった。

近くにいると嬉しくて・・・


あの蒼い瞳も、透き通るような白い肌も、強烈な蹴りを仕掛けるあの脚も。

厭味しか言わない唇にさえ。

胸がざわめく。 触れたくなる。 抱きしめたくなる。


それも全部、サンジが好きだから。



・・・今頃気付いたの?・・と、思わなくもないが、そこはロロノア・ゾロ。

自分が、仲間であり、男の、しかも喧嘩相手のコックに対して抱いている想いが恋だとは、

まったく思わなかったらしい。

藻類ですから。




「好・・・・・・。っそ、っか。わ・・・悪いことしちまったな、ゾロがおれの髪、好きだったなんて、・・・知らなかったからよ」

こんなときに初めて名前を呼ばれ、しかも「好きだ」とまで言われて。 サンジは

きょどきょどと視線を彷徨わせ、ゾロと目が合って、へにょんと笑った。嬉しそうな、

でも寂しそうな顔で。

そんな儚げな顔は、見たことがなくて。

ゾロの胸のへんがぎゅううと切なく痛んだ。


「 ・・・髪だけじゃねぇ。おめぇを形作るもんは、全部好きだ」

うまい飯を作る手も、仲間に向ける優しい笑顔も、夢を追いかける瞳も。サンジの全てが。

「髪なんざ、また伸びる。・・・ちっともったいないがよ。けどおめぇ、黒いのもなかなか似合うぜ?」


にかっと笑い、その頭をなでる。当然、べっとりと染髪料が手のひらにつき、二人して苦笑いした。


「早く洗えよ。そんで、乾いてからじっくり触らせろ」


「うん・・・ぞろ・・・」


サンジがふわりと花のように微笑み、甘えた声でゾロの名を呼んだ。


(・・・かわ・・・っっ)


堪らず抱きしめようとしたその刹那。





「コンカッセ!!!」



どごぉぉぉぉん!!



「ぐぉあ!!!!????」



腹に強烈な痛みを感じて・・・『飛び起きた』。


























目を開くとそこは、羊船のバスルームではなく、甲板の上。

深夜ではなく、さんさんと太陽の降りしきる午後。

目の前には、いつもの黒いスーツに銜えタバコの金髪コック。



・・・・・・金髪??



「おめぇ・・・髪・・・どうした」

なぜか痛む腹をさすりながら、逆光で眩しいコックの髪を眺める。

「はぁ?髪?・・・べつにどーもしてねぇよ。っつーか、いつまで寝こけてんだ、サボテンマリモ。夢でも見てたか?」

サンジはさも鬱陶しそうな顔をしてしゃがむと、ゾロの顔を覗き込んだ。

「夢・・・」

「もうとっくに昼過ぎてんぜ?光合成にしても長すぎだろ。昼飯、食いっぱぐれたし?」

そんないつもの厭味にも反応せず、ゾロは惚けたようにサンジを見つめたかと思えば。


突然グイッとサンジの腕を引っ張り、自分の胸に体ごと抱え込んだ。


「うゎ!?・・・・・え?えぇ!?」


「・・・夢でよかった・・・」


(こいつの金髪がなくならねぇで、よかった・・・)


いきなり自分を抱きしめた剣士が、涙ながらに呟くのを聞いて、コックは、

(なんだよ、そんなに辛い夢見てたのか?おれが起こす前はすげぇ幸せそうな顔して寝てたけどなぁ・・)

などと思いながら、きつく抱きしめてくる男の髪をなでてやった。


こんなゾロは初めて見るサンジ。ついつい、普段の仲の悪さも忘れて宥めてしまう。

あまりの緩んだ寝顔にむかついて、おもわず蹴り起こしてしまったが。縋りつくゾロの様子に、やっぱり起こしてやってよかったとも思った。


「あーー、なんだ、寝覚めの悪い夢なんざ、飯食ったら忘れるって。ちゃんとゾロの分の飯、残してあっからさ」

早く食わねぇと船長にまた横取りされるぜ?

そう言って微笑むサンジに、ゾロはようやく顔を上げると、至極まじめな顔で囁いた。



「おれは、おまえの髪が好きだ」



「・・・・・・・・・あ?」


その言葉に、サンジは訝しんで眉間に皺を寄せる。


(なんだ?急に。寝ぼけてんのか?)


「髪も、目も、鼻も、声も。全部好きだ」


「・・・・・・はぁ。」


(夢ん中のレディにでも、告白してたりすんのかね?・・・ムカ。ゾロの癖に・・・)


「おめぇにいらねぇもんなんて、いっこもねぇ。だから・・・なにも無くすな。 そのままでいろ・・・サンジ」


・・・サンジの脳にその言葉が届くまで、しばし時間がかかった。


その傲慢な台詞が、呼ばれた名前が。なんだか熱烈な愛の告白に聞こえることに気付くのに、


もうしばらく。


首まで真っ赤になったのは一瞬で。


次の瞬間には。



ムートンショットで空高く、船尾の方へ飛ばされる剣士の姿。






飛ばされながら剣士が「照れ隠しか・・・」と呟くのが聞こえたかどうか。


本気で怒ったのなら、サンジは間違いなく海へ蹴り出すだろうから。

きっとこの後ラウンジへ戻ると、赤い顔のコックが、ぶつくさ言いながらゾロの為に食事の用意をしてくれるのだろう。

ゾロは、航海士あたりが見たら「きしょくわるっっ!!」と顔を顰めそうなほどにやけた顔をして、船尾の床に沈んでいった。













ちなみにこの後、船が傷む音を聞きつけた狙撃手や、ゾロの借金を増やすことに夢中の航海士、

手当てをしにきた船医、なんだか面白そうだから見にきた船長と考古学者にまで、

もれなく 「「「「「きしょくわるっっ!!」」」」」 と言われてしまったり。


怯えたみんなに言われてしぶしぶ謝りにきたコックと、


紆余曲折の末に、恋人同士になってしまったりするのだが・・・。



それはまた、別の話。








END  2007雪城さくら拝



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