マリモがおかしい・・・。



いや、あいつの人外魔境的に派手な髪の色や、

一日の四分の三寝てんじゃねぇの?ってなくらいの睡眠欲や、

一人で街に出ると三歩で迷子になる(事実)方向音痴さや・・・。

とにかく、あのクソ剣士がおかしいのは、生まれつきだろうけど。


それにしても、おかしい・・・。




夕食後のラウンジ。後片付けも明日の朝食の下ごしらえも終わり、あとは寝るだけだってのに。

サンジはラウンジの壁にもたれ、今日何本目かの煙草に火をつけた。

視線の先には、テーブルに突っ伏して眠るマリモ剣士、ロロノア・ゾロの姿。

深く背を壁に預け、紫煙とともに、今日何度目かの溜め息を吐いた。






 キューティー☆ブロンド 2






おなじみゴーイングメリー号のラブコック、サンジは自他共に認める女好き。

・・・というより、『レディ至上主義者』だ。

か弱く儚く綺麗なレディたちは、この世の宝だ。

女性を見たら、とりあえず褒める(イコール口説く)。それはレディに対する礼儀だと、本気で思っている。

愛しの航海士ナミにはけんもほろろにあしらわれ、

魅惑の考古学者ニコ・ロビンにはまったくの子ども扱いを受けてはいても、

サンジはレディ達を愛してやまない。


そのかわり、男相手に気を遣ったり、優しくしたりするつもりは、毛頭無いらしい。

男はか弱いレディたちを守るための生きもんで、甘やかされるもんじゃねぇ。と本気で思っていた。

しかし、サンジもG・M号クルーの年少組には甘い。

ふわふわもこもこの愛らしいトナカイ船医はもとより、なにかにつけて器用な長っ鼻狙撃手、肉命の麦わら船長にすら、強請られると結構何でもしてしまう。

彼らの頼みは主に、『遊んでくれー』『新しい発明に付き合ってくれ』『サンジ、肉ーーー!!』だったりするが。

自分の作った料理を旨そうに食べてくれる子供たちを見ると、まるで母親になった気分でつい微笑んでしまう。



そんなサンジが、この船で唯一気に入らないやつ。それが、寝ぐされ剣士だった。・・・はずだ。


何しろこの剣士、先にも述べたがとにかくよく寝る。ほっとくとメシも食わずに一日中寝てる。

他にしてる事と言ったら・・・馬鹿でかい串団子で鍛錬か、見張りをしつつ昼寝(見張りの意味ナシ)。

キッチンから勝手に拝借した酒を飲むか、チョッパーを膝に乗せて昼寝(まるで親子だ)。

島に着いても一人だと必ず迷うので、刀を研ぎに出したりする以外、ほとんど船から降りない。

鍛錬・酒・寝る。

その繰り返し。体に良いのか悪いのか・・・。

合間に起きてるところでサンジと目が合えば、毎回睨み合いから取っ組み合いの喧嘩に発展してしまう。

・・・原因のほとんどは、サンジの軽口のせいだったが。

なので、サンジはゾロとまともに話したことがあまり無かった。


別に、ナミやロビンとするようなお喋りがしたいわけじゃない。

(ゾロと、うふふvvと微笑みながらアフタヌーンティー・・・さ、寒すぎる・・・。)

そーじゃなくて。

せっかくの同い年の男同士なんだし。年少組とではできない話もできるかもしんねぇ。

昔の思い出話とかを肴に、酒を酌み交わしつつ朝まで語り合ってみたり、肩を組んで歌ったり・・・。

年の離れた大人ばかりに囲まれて育ったサンジは、自分の考える『男同士の友情』が、かなりおっさん臭いことには気付いていなかった。






ふと身じろぎした気配に目をやると、のそりと起きだしたマリモと目が合う。

フーーーっと煙を吹き出して、短くなった煙草を消し、ゾロに向かって見下すような視線を向けた。


「ようやく起きたかクソサボテン。つーか、もう夜中だがよ。このまま起きずに、ラウンジに藻が繁殖するかと思ったぜ」


あぁぁぁ・・・またやっちまった・・・。何でおれの口はこう、神経逆なでするようなことしか言えねぇかね・・・。


友のように語り合いたい。と思ってはいても、口を突いて出るのはそんな皮肉ばかり。


毎回、決まって後から後悔するのだが、元来気が短く喧嘩っ早いせいでそのときには自分の口から出る言葉を抑えられない。


しかしそんなサンジの落ち込みを知ってか知らずか、いつもなら言い返してくるであろう厭味にもゾロは、ふっと薄く笑って、静かに 「悪ぃな」 と言っただけだった。



・・・やっぱりおかしい。


つーか。


気持ち悪ぃ・・・。



「おめぇ、なんか悪いもんでも食ったんじゃねぇか?」

「コックの作ったもんしか食ってねぇよ」

「・・・は!さては、おめぇゾロじゃねぇな!?あのオカマヤロウが化けてやがんのか!!??」

「そんなわけあるか」

「んだよなぁ・・・じゃぁ、あれか、風邪でもひいてんのか?チョッパー呼ぶか?」

「別に体も悪くねぇ。っつーか、健康そのものだろ?」

「まぁ、そうか。んー、じゃぁなんだ・・・」

そりゃぁここ数日、メシの時間にきっちりラウンジに来て、三食残さずサンジの料理を食べてれば体調万全、お肌つやつやにもなろう。

サンジの軽口に、激昂することもなくただ静かに返事をするゾロは、なんだかひどく大人びて見える。




ここ最近の違和感の正体。


ゾロが、なんだか、大人しいのだ。



喧嘩を吹っ掛けても乗ってこない。

それどころか、首筋が痒くなりそうな優しい眼差しで見つめてきたりする。

昼寝の時間もなぜかラウンジで寝る。 今までは、船尾やミカン畑だったのに。

それどころか、気がつくといつも視界の端に緑の藻がある。

どこにいても、誰と話をしていても。 目が届くぎりぎりの所から、あからさまに見ているわけでもなく、しかし意識が向けられているのはしっかり感じる。


いつからかは分かってる。――― 『あの日』だ。


いつものように昼になっても起きない剣士を踵落しで蹴り起こし。

いつものように軽口をたたき。

そしていきなり抱きしめられて。

おまえの髪が好きだぁーサンジィーむにゃむにゃ・・・などと寝惚けていた筋肉マリモを、

ムートンショットで蹴り飛ばしたあの日以来。


マリモが優しい。


つーか・・・。


・・・うすら寒ぃ。




かと言って。

『ゾロってば、何で急におれに優しくなったのー?』

なんて、頭温すぎてぜってー聞けねぇ・・・。


なので、気持ち悪ぃ・アタマ痒ぃ・ウゼェ・薄気味悪ぃ。

・・・なんかこそばゆい。

そう思ってはいても、はっきりゾロに聞けないまま、何日もたってしまった。


ぐるぐる巻いた眉を寄せて、ぐるぐるぐるぐる考え込んでいると、

「なんだ?俺が喧嘩にのらねぇのがそんなに珍しいか?・・・つーか、寂しがってんのか?」

ゾロがそう呟いた。馬鹿にしている様子は微塵も無く、本当に心配してるみたいなのだが、その言葉がサンジの癪に障るのには十分だった。

「ば・・・ばっ、馬鹿言ってんじゃねぇぞ!!誰がだ!? 俺様か!寂しいわけあるかハゲマリモっっっ!!逆にせーせーすらぁ。だいたい、おめぇの様子がおかしいからわざわざ声掛けてやったんじゃねぇか!何でもねんなら、人のことじっと見てんじゃねぇぞ、居心地悪ィだろが!!それともなにか?未来の大剣豪サマはヤローを見つめるのが趣味ってか?残念ながら俺様はそんな趣味に付き合ってやる時間も筋合いもねぇんだよ!!!!」


呆れるほどの早口で捲し立てるサンジは、もう自分が何を言ってるのかなんて、分かってなかった。


とにかく恥ずかしい。


ゾロにそんなふうに気を遣われることも。ゾロが絡んでこないのが、無性に寂しくてつまらない、と思っているのを見透かされたことも。


今も優しく、見つめられてることも。


(ほんっと、居心地悪ィ・・・)

ゆっくりと立ち上がったゾロが近づいてくるのに、サンジは小さく身動ぎした。

目の前で立ち止まって、じっと視線を合わせられる。

急に、サンジの顔にかぁぁぁっと血が上る。

なに?なになになに??


「なぁ・・・何をそんなにイライラしてんだ?」

「うっっ・・・」

そ・・・ンな甘い声で囁くな・・・っっ!!ち、力抜けっだろ・・・。

「おれぁ、お前のことを信用してねぇわけじゃねんだが、どーにも危なっかしくてよぉ。またなんかやらかすんじゃねぇかとか・・・ガラでもねぇ」

また?またってなんだよ? おれが今までになんかしたか? ・・・心当たりがありすぎて、どれのこと言ってんのか分かんねぇ。

「・・・俺にじっと見られるなんざ、気持ち悪ぃか?・・・悪かった」

・・・そんな寂しそうな顔・・・すんじゃねぇよ・・・。マリモの癖に、らしくねぇ。

「いや、べつにそんな、イヤってわけじゃねぇし・・・おれも、なんか言い過ぎた・・・ゴメン」

気付けば、サンジまで神妙な顔になって謝ってしまっていた。

言い過ぎた自覚はあっても、こんな風に素直に謝ったことなどないせいで、妙に気恥ずかしい。


なーんでおれら、こんなこと言い合ってんの?

こっちも柄にもなく、しおらしくなったサンジを見て、ゾロがふっと笑った。

その笑顔を、かっこいいかも。なんて思ってしまうサンジも、相当イカレている。



























テーブルを挟んで向かい合い、酒を酌み交わす。

サンジはゾロほど酒は強くないが、多少なら飲める。

ゾロ好みの辛口の米の酒を流し込みながら、こんな風に語り合う日がほんとに来るなんて。サンジは思ってもみなかったが、

ゾロがなんだか嬉しそうに、珍しく饒舌に自分のことを話すのに、サンジもバラティエ時代の話を、面白おかしく聞かせた。

喧嘩もせず、ゾロの話を聞き、ゾロと酒を飲む。

それは意外にも、とても心地のいいもので。

サンジはゾロと過ごす穏やかな時間に夢中になり、気付けば夜もかなり更けていた。





程よく酔いも回ったサンジは、今しか聞けねぇ!とばかりに、やっと疑問に思っていたことを尋ねた。

「なぁ、ゾロ、なぁんでおめぇ、 おれのこと見てたんだ?」

・・・・・・ちょっと直球過ぎる気もしたが。

テーブルから身を乗り出してそう尋ねたサンジに、ゾロは少し目を開いて驚いたような顔をする。

「・・・・・・言わなかったか?」

「なにを?」

「おまえが好きだって、言ってなかったか?」


「・・・・・・聞いて・・・ねぇ・・・よ?」

「そうか、じゃぁやっぱ、ありゃ夢ん中か・・・」

ふむ、と合点がいったように頷くと、そのまま酒を飲んでいるマリモ。


スキ?・・・ってなに? おれを・・・誰が? マリモが? 夢で? なに? え・・・と?・・・・・・ !!



好きーーーーーー!!!???



サンジの顎が、かぽーーーんとテーブルに着いた。

「あ・・・あががが・・・」

「・・・人語喋れ?ぐるぐるコック」

クッと苦笑いをしたゾロに、サンジの顔が更に真っ赤になる。


このひと、なんでこんな普通にしてんの? 今おれに告白しなかった? え?違うの!?したよねぇ!!??


「す・・・好きって、どどどういう意味で? まさか・・・レディに思うみたいに、おれのこと・・・とか・・・」

いや、まさか。 だっ、だってあのゾロだぜ!?

仲間として、ってことだろ? なぁ、そうだよな?


そうだって言ってくれーーー!!!


「いや、女に対して思うのとは、違う。」


「そ・・・だよな・・・やっぱ・・・」


自分で言ったのに、それを聞いてサンジはなんだか落ち込んだ。

(・・・なに、期待してたんだろ、おれ。相手はマリモマンなのに・・・)




寝汚くて、酒飲みで、方向音痴で。

いっつも魔獣みたいな目でサンジを睨んでたくせに。

急に優しく見つめてきたりして。

勘違い・・・するじゃないか。








バラティエで初めて会ったとき。

鷹の目との死闘を見たときから。

・・・おれはこんなに、魅入られたってのに・・・。







その壮絶な生き様を。 かっこいいと、思った。 羨ましいと思った。 ・・・好きだと、思った。

自分だけを見て欲しいと思った。

おれだけの、強く美しい獣・・・。



そんな馬鹿げた独占欲を知りたくなくて、・・・知られたくなくて。わざと突っかかって喧嘩を仕掛けた。

喧嘩の最中だけは、ゾロはサンジしか見ていなくて。

やめようと思うのに、やめられなくなった。

軽口を叩くのも、喧嘩をするのも、

ゾロを・・・好きでいるのも。








いつのまにか、向かい合わせていいたはずのゾロが、隣に来ていた。

「髪、触っていいか」

「うん・・・・・・え?」

落ち込んで俯いたサンジは、思わず返事をしてしまってから、言われた言葉の意味を考えた。

しかし理解するより先に、ゾロの手が伸びてきて、サンジの頭に触れる。


え? あれ?・・・ぅえぇええっっっ!?


あまりのことに、驚いて固まる。

ゾロの手が、サンジの丸い後頭部を撫で、金色の髪を梳く。そして愛おしむように、その一房に口付けた。


(うひゃぁああああ!!! ぞろがっぞろがおれのっかみにちゅーしたぁああああ!!!!!!)

ぼんっっ!!と音がするほど、サンジの顔が真っ赤に染まった。 もうわけが分からない。



さっき、恋愛感情じゃないって、言い切ったやつが。

髪にキスをする理由が分からない。まったくもって。


「サンジ、好きだ」


ふっと、優しく笑ったゾロに、唇を塞がれた。


軽く触れ合っただけの唇は、すぐに離れていく。


「ずっと、こうしたいと思ってた」


「・・・うそ・・・だ・・って、さっき・・」


声が震える。目の前が、ぼやけてゾロが見えない。


見ていたいのに。その表情を、ちゃんと見たいのに・・・。


「あぁ? 女に対して、触りてぇとかは思ったことがねぇからなぁ」



「・・・は?・・・・・・?」


零れた涙を、ゾロが舐め取り、そのまま頬にキスを落とす。

その甘やかすような声に、仕草に、ますます心臓が跳ねる。


「誰かをこんなに愛しいと思ったのは、お前が初めてだ、サンジ」


ひ!!あまーーー・・・っ。や?・・・まて。 まてまてまて。


え?なに?もしかして・・・。


「は・・・初恋・・・とかだったり・・・」


「そうだぞ?」


いや、そんな、『それがなにか?』みたいに言われても・・・。

しかも、さっきから普通に名前呼ばれてんだけど・・・。

今まで、なにがあっても頑なに呼ばなかったくせに。

やたらと甘い声で。



ほんとに・・・ゾロも、 おれが好きなのか・・・?



今なら素直になってみても、いいかもしんねぇ・・・。

「ゾロ・・・あの、おれ・・・」

おれも・・・、と言おうとしたとこで、ゾロに遮られた。

「おまえを困らせたいわけじゃねぇ。ただ言っときたかっただけだ。忘れてくれ」

・・・?は?なに?いま・・・忘れ・・・って。

「んできるかぁあああああ!!!!!」

ぶちぶちぶちっっと音がして、脳のどっかの血管が数本切れた。

「勝手なこと言ってんじゃねぇぞこんの、ボケマリモサボテン!!いきなり気持ち悪ィほど優しくなったかと思えば、髪にキスして、名前呼んで、好きだって言ったのに!言い逃げか!?ヤリ逃げかよ!!??生憎なぁ、それを許すほど俺様は優しくねぇんだよ!!っだよ、俺の意思は無視かよ・・・お前ホントは、俺のことなんて、どうでもいいんだろ・・・だから、そんなこと言えるんだ・・・」



涙が、止まることなくぽろぽろと零れ落ちる。 

だんだんと語尾が小さくなっていき、最後には啜り泣くようになってしまった。

その様子にうろたえたゾロは、焦ったようにサンジを抱きしめた。

「す・・・すまねぇサンジ。泣くな・・・頼むから・・・」

掻き抱くゾロの様子にも、サンジは堰を切ったように泣き出し、「うっせぇばかぁーばかぞろぉーーー」と子供のように駄々を捏ねる。

「おれも・・・好きなのにーーーゾロはおれのこと、どーでもいんだぁーーー」

うぇえええんと大粒の涙を零し、抱きしめてくれるゾロのシャツに縋り付いた。

しまいには、ゾロ好きだーーーと阿呆みたいに繰り返す。



酔っ払いは恐ろしい。




「分かった、ありがとなサンジ。おれも好きだ」

ぎゅぅうううっとゾロに抱き締められて、やっと正気に戻ったサンジは、その力強さに安心して、おずおずとゾロの背中に腕を回す。

目が合い、気恥ずかしさに微笑みあいながら、ゆっくりと唇を合わせた。


今までにない、穏やかな時間が流れる。



「ゆめじゃ・・・ねぇよな」


思わずつぶやいたサンジに、ゾロがビクッと身動ぎして


「これまで夢なら、おれぁもう生きてけねぇよ」


と囁いた。その声がとても甘く響いて、胸の奥がほわん、となった。

おれなんて甘やかしても、何の得もねぇのになぁ。

すげぇ恥ずかしいけど、ゾロが嬉しそうだから、いいや。


「ゾロ・・・好きだぜ・・・」


夢じゃない証拠。と何度も唇を重ねあい・・・



ゴーイングメリー号の夜は更けていった・・・。
















ちなみにその後。

酔っ払って泣き疲れて眠ってしまったサンジと、サンジを朝まで抱き締めていたゾロを、起きてきたナミが目撃して、ゾロがさんざからかわれたり。

照れ屋で天邪鬼なコックと、剣術しか取り柄のなかった剣士が、身も心も結ばれるのに、まだまだひと悶着あったりするのだけれど・・・。


それはまた、別の話。








−END− 2007雪城さくら拝




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