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穏やかな、凪の海。
しかし夏島が近いせいか、
ひどく蒸し暑い日が続いていた。
「あっち―――ぃ、サンジ、メシィ―――!!!」
麦藁帽をかぶった船長は、茹だる暑さにぐったりしながら、それでも食欲は尽きないらしい。
軽く足技で押さえつけ、
「クソゴム、メシはさっき食っただろ、これでも食ってろ」
つなぎに、冷たい細麺をカツオ出汁のツユに浸して渡してやる。
ルフィにしてみれば、一口で終わる量だろうが、体を冷やす助けぐらいにはなるだろう。
そう思って、ウソップとチョッパーにも同じものを出してやる。
ナミさんとロビンちゃんには彩りも鮮やかなフルーツのゼリーを、涼しげなガラスの器に入れて。
「おいしそうね、ありがとう。サンジ君」
「ほんと、涼しそう。頂くわコックさん」
やっぱり暑そうな女性陣だが、その薄着で露出した肌に、サンジはハートを飛ばしつつ脂下がる。
女好きコック、サンジは、黒いスーツをびっちり着こなし、せわしなく甲板内を動き回りながらも、その暑さに辟易していた。
目をやると、他のみんなもそうだが、一番苦しそうなのはもこもこの万年毛皮トナカイだ。
そりゃそうだ、冬島で生まれて極寒の地で育ってきたチョッパーの、初めての夏島だ。
からっとした暑さならまだましだが、ここは、独特の湿気を帯びていて、じんわりと気持ち悪い。
このぬっくい毛皮なら、通気性も悪く、相当暑いだろう。
「ちったぁ冷えたか?」
煙草をふかしながらそう声を掛けると、いつもはふかふかの自慢の毛を、びっしり汗で濡らして、無理に微笑むトナカイ。
「うん、冷たくてさっぱりしてておいしいよ、サンジ」
心配させまいとするその笑顔に、サンジはちょっと切なくなりながら、笑顔を返した。
ゴム船長も、熱気には弱いらしく、へろへろ〜っと羊頭の上で伸びている。
その、今にも落ちそうなルフィを、ウソップが釣り竿で支えている。
(せめて、海にでも放り込んでやれたら、マシになるのにな・・・)
悪魔の実の能力者である彼らにとっては、海は天敵だ。入ったら最後、体中の力が抜け、沈んでいく。
浮き輪につかまることも、自分の力で浮き上がることも出来やしない。
(チョッパーを、後で水風呂にでも入れてやっか)
じめじめした湿気と、ぺたぺた引っ付くシャツに舌打ちして、サンジは後ろ甲板を見上げた。
日差しを浴びながら、船尾で寝転がっているであろうマリモを思い出し、そろそろ蹴り起こすべく、億劫な足を向ける。
「まったく、この暑いのによく寝れるよなぁ。脳味噌茹だっちまうぞ?」
上着を脱ぎ、ゾロの近くに寄ると、ゾロは気配で目を覚ましたのか、寝ていなかったのか。
おそらく後者だろうが(この寝ぐされ野郎が、人の気配で起きるはずがない)、むくりと上体を起こした。
「暑いぐらいでへばってどうする。んな軟弱じゃねぇよおれァ」
「あーあーそうだろうよ筋肉マリモ。つか、おめぇ見てると倍暑いわ!!」
「なんだとこのグル眉。テメェがひ弱いからって俺に突っかかってくんじゃねえよ」
「ああっ!?んだコラやんのかてめぇ!!!」
そして始まる、取っ組み合いの喧嘩。というか、日課。
その日までは、いつも通り、だったのだ。
その日の、夜までは。
グランドラインをひた走るゴーイングメリー号に、背筋が凍る、恐ろしい出来事が起るなんて、
暢気なクルー達は、誰一人、想像していなかった。
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「おい、コック、酒。」
「んぁあ!?」っと振り向いて睨み付け。
その目線の先に、いつもの緑頭がないことに気付いて、首を傾げる。
ふと視線を下げると、そこには 鮮やかなオレンジの髪の美少女が立っていた。
「・・・・・・?」
・・・今、ゾロに話しかけられたような気が・・・・・・
やだな、俺まで暑さにヤラれてんのかな。あんな筋肉ダルマとナミさんを間違えるなんて。
一瞬動きを止めて凝視するサンジを、少女は訝しげに見上げる。
その顔にも、はっきりと不審の色が浮かんでいる。
「「・・・・・・?」」
少女とサンジは、お互いに顔を見合わせたまま首を傾げていたが、先に立ち直ったのはサンジの方だった。
「んぬぁ〜むぃすぁ〜んv寝酒が飲みたいんですか〜?ちょぉっと待っててね〜vv」
くねくねと、いきなり体をくねらせるサンジに、
オレンジ髪の少女はギョっとしたような、心底驚いた顔をする。
「はぁ?・・・なに、言ってやがんだ、おめぇ?気持ち悪ィ・・」
「・・・・・・ ?? やだなぁ、レディがそんな言い方しちゃ・・・・・・ ? ?」
段々と訝しげな表情をするサンジをじっと見て、もう一度少女は口を開いた。
眉間に皺を寄せ、その、ちょっとハスキーな高い声で。
「クソコック、酒よこせ」
サンジは、にっこり笑って少女を椅子に座らせ、ワインをグラスに注いで目の前に置くと、
一目散に、男部屋のチョッパーの元へ走った。
「チョッパー!!!ナミさんが変だ!!暑さでヤラれたかもしんねぇ!!」
バタン!!と床のフタを開けながら叫ぶと、既に眠っていたらしい年少組のうち、
一番に目覚めたのは、ウソップだった。
「んぁ〜?なんだよサンジこんな夜中に〜敵襲かぁ?」
寝惚けた様子で目を擦っている。
「敵襲ならもっと慌てろよ!・・・いや、そうじゃなくて!ナミさんが・・・」
「・・・ナミが?」
その言葉に、ルフィがガバッと跳ね起きた。
「ナミがどうした!!?」
血相を変えてウソップとサンジを交互に見る。その様子に、サンジはちょっとびっくりした。
あまりの騒々しさに、チョッパーも目を覚ます。
「ん〜〜みんなどしたの〜?」
昼間の暑さの名残で、夜になってもまだ蒸し暑い。
チョッパーはうとうとふらふらしながら、まだ天井から顔を出したままのサンジを仰ぎ見た。
三人の視線がサンジに集まり。
「ナミさんが・・・俺のこと、・・・『クソコック』って呼んだ・・・」
震える声でサンジがそう告げた途端、
全員が再びハンモックに横になった。
「いや、なんでだよ!!」
サンジの突っ込みだけが、男部屋に虚しく響いた。
少々可哀想か、とは思いながらも、寝惚けたチョッパーを抱えてラウンジに戻る。
何事もなければいい。聞き違いならいい。虫の居所が悪かったせいかも。
頭ぐちゃぐちゃになりながらも、祈るような気持ちで扉を開けると・・・。
ワインラックの前にしゃがみ込み、ごそごそと酒を物色する美少女の姿。
「・・・・・・あの・・・」
「・・・・・・・・・」
おそるおそる声を掛けたサンジと目を見開くチョッパーを、少女は振り返り、その可憐な唇から
「おう、クソコック。酒足りねぇから、貰ってくぜ」
およそ不釣合いな台詞が吐かれた。
「・・・ぃ・・・医者――――――!!!」
「おめぇだよ!!」
サンジはもう、どこから突っ込んでいいのか分からなかった。
とりあえず、夜ももう遅いので、寝てしまおうという結果に落ち着いた。
チョッパーを抱えたまま、ナミを残して、男部屋に戻る。
普段のサンジなら、何があってもそんなことはしないのに。
脳が、深く考えることを拒否していた。
これは夢だ。そうでなければあまりの暑さで聞いた幻聴だ。
ナミさんがゾロっぽい、なんて、気の迷いだ。
とてつもなく嫌な予感がするのなんて、気のせいだ。
・・・明日。
明日になれば、普通のナミさんに戻っているはずだ。
・・・絶対。・・・たぶん・・・。
放心したままのチョッパーを腕に抱いたままハンモックに横になるサンジ自身も、暑さと、それ以外のものにまでヤラれていたらしい。
しかして翌朝、メリー号に、『ゾロ』の 野太い悲鳴が響き渡った_____。
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グランドラインではよくある光景・・・か?