「なんだ、まだてんでガキじゃねぇか」

 ぴこん と片方だけ立った耳を見て

 つまらなさそうに吐き出されたその言葉に、サンジは悲しくなった。


   大人になる方法



 サンジは同じ年齢のうさぎのなかでも、少し成長が遅いほうらしい。
 ちゃんと大人になったら垂れるはずの耳も、まだ左側しか垂れてくれない。
 それだって、こないだ垂れたばかり。

 友達やジジィは、そのうち垂れるから気にすることないぞって言うけど、やっぱりちょっと恥ずかしいし、寂しい。
 みんなはもう、両耳が垂れて、大人になってるのに、サンジだけが取り残されてるみたいで。

 早く、大人になりたいのに。



 だから、どこから見ても強そうで、たくましくって、かっこいい雄が

 「俺が大人にしてやろうか」

 と言ってくれたとき、ほんとにほんとに嬉しかった。






 サンジの日課は、いちにちのできごとをゼフに報告すること。
 今よりもっと小さかったころから、ずっとそうしてきた。
 だれとなにをして遊んだとか、どこでなにを見たとか。その日あったことを、全部ゼフに話すのだ。

 でも、今日あったことは、ジジィにもひみつにしなきゃいけない。

 だって約束したから。


 森の動物たちの長でもあるサンジの祖父は、うさぎの中でも一番長くてりっぱな耳をしてる。
 垂れ方も、ちょっとカールして後ろに流れていて、うさぎたちの中の憧れの的。
 それに 一番強いし、体も一番大きい。
 くちもとに生えたよさ毛のみつあみも、絶対に言わないけど、かっこいいなと憧れていた。
 ゼフが「大きくなりてぇならにんじん食わなきゃなれねぇぞ」って言ったから、大嫌いなにんじんもがんばって食べた。ゼフの言うことなら信用できるから。


 だけど。


 サンジは今日、ゼフより もっとかっこいい雄に、出会ってしまった。


 体はジジィほど大きくないけど、盛り上がった背中の筋肉がきれいだった。
 鋭い目つきが強そうで・・・もしかしたらジジィより強ぇかもと思った。
 よさ毛は生えてなかったけど、
 全身まっくろで、短いけどすごくツヤがある毛並みで。

 今まで会ったどのうさぎよりも、どんな動物よりも、かっこいいと思った。

 『ゾロ』と名乗った 漆黒の、狼。








 今日は友達みんな用があるからって、サンジひとりで森に行った。
 もう15歳になったんだから、森に行くのは大丈夫。ジジィのお許しもあるから、ひとりでも行ける。
 いつものようにおいしい四つ葉草を吟味して食べて、はずれにある湖のほとりで小鳥や蝶々を追いかけて遊んでたら、

 いきなりなにかに後ろから飛び掛られて、草はらに押し倒された。

 『わぁぁん!なに、だれ?』

 地面に顔を押し付けられてたから、のっかってる奴は見えなかったけど、
 グルル、っていう音が聞こえたのと、土くさい匂いで、うさぎじゃないのは分かった。
 ルフィみたいなサルでも、ナミさんみたいな可愛いリスでも、チョッパーみたいなタヌキでもない。
 じゃあ、なに?
 もしかしたら、キツネとかかもしれない。
 森の向こうがわには、うさぎを食べちゃう怖いやつらがいるんだってジジィが言ってた。
 気をつけろって、あんなに言われてたのに。
 どうしよう!おれ、食べられちゃうのか!?

 そいつは背後でしきりにサンジの匂いを嗅いだあと、立ってるほうの耳をべろんと舐めてきた。
 『や!っふ、ぁ・・・』
 ざらっとしたその感触に、鳥肌をたてる。

 ジジィ直伝の後ろ蹴りだってあるのに、サンジはもうパニックでそれどころじゃない。
 もがくことさえ思いつかず、ただプルプル震えるだけ。

 もう片方の耳を、かぶっと噛まれて、
 『うぇぇ〜〜やだぁ〜!』
 痛みと、あまりの驚きで、ぼろぼろ泣いてしまった。

 そして、言われた台詞が

 『・・・なんだ、まだてんでガキじゃねぇか』

 低い声と共に、ふと押さえつけがゆるんだのに気付いて、おそるおそる振り返ると、
 そこにいたのは
 金色の眼をした、黒い、おっきな、知らないどうぶつ。

 眼を細めて、つまらなさそうにサンジを見下ろしている。

 『お、おまえ、だれだ? キツネか?』

 サンジがもぞもぞと這い出しながらそう聞くと、そいつは口を歪めてクっと笑った。

 『狐じゃねぇ。俺は、狼だ。』
 『おおかみ・・・? なんだそれ?怖いほうのやつか?』
 『・・・あ? どっちだと思うよ』
 『んーとな、おまえ怖そうだから、怖いほう。』

 『・・・おいガキ、おまえ、頭悪いのか』

 呆れたような口調で言う狼に、サンジはむぅと口を尖らせる。

 『ガキって言うな。おおかみだって耳、立ってるじゃないか!』
 怒るところはきっとそこじゃない。
 『は?耳?・・・・あぁ、兎は耳垂れて一人前なんだったな。』
 狼は、怪訝な顔をしたあと、合点がいったようにサンジに視線を戻し、
 中途半端に垂れたその耳を見てフ、と息を吐いた。それが、なんだか馬鹿にされたみたいで。
 『そうだぞ、おおかみも垂れてないから、まだ子供なんだろ?』
 さっきまでの恐れはどこへやら。ピンと立った狼の耳を、指でつまんで引っ張り言い募った。

 『生憎、俺の耳は一生垂れねぇよ。誰の前でもな。』

 そう、言った狼の顔は、

 人を見下したようでいて、

 自信に満ち溢れて。


 サンジの胸が、どきん、と鳴った。

 うわ、かっこいい、と思った。

 たべられちゃいそう、と思った。

 鋭い牙で噛みつかれる自分を想像して、怖いのに、首のあたりがなんでかゾワゾワした。


 『おおかみ、おまえかっこいいな!!』

 だからサンジが、思ったままを口にしたら、
 狼は なぜか腹を抱えて笑い出した。




 ひとしきり笑い終えた狼に、
 『おれはサンジだ。よろしくな』ってあいさつしたら、
 そいつは『・・・俺の名前はゾロだ』って。
 おおかみの名前はゾロ。うん、おぼえた。


 そのあと、大人になるためにはにんじん食わなきゃなんないんだとか、
 ほんとはにんじん嫌いだけどジジィが言ってたからがまんして食べてるんだとか、
 いろいろととはなしをして、
 夕日が沈むころに、おうちに帰んなくちゃいけないからってお別れした。

 また明日も会おうなって言ったら、ゾロはへんな顔して、でも頷いてくれた。

 でも、このことは、誰にも言っちゃだめなんだって。
 狼と友達になった、なんてほかのどうぶつに言ったら、もう会えなくなるぞ、って言われたから。

 ジジィにも、だれにも言わない。

 おれとゾロ、ふたりだけのひみつなんだ。




  *****     *****     *****     *****







 ゾロが、あの頭の温そうな金髪の兎を初めて見たのは、もう半年以上も前のことだ。

 迷い込んだ見知らぬ森の外れで、獲物になりそうな小動物がたわむれているのを見付け。腹が減っていたゾロはじっと息を殺して狙っていた。団体でいるときよりも、個別のほうが狩りやすい、と判断したためである。
 しかし見ていくうち、その中の一匹の兎から目が離せなくなった。
 笑ったり怒ったり泣いたり。くるくると表情が変わる、見ているだけで飽きない白黒の兎。
 まわりにいる狸や猿なんかとは明らかに違う。
 どこがどう違うかといえば・・・・・・
 格別に『美味そう』なのだ。

 狙うべき獲物はこいつにしよう、と決めて。
 柔らかそうな白い肌に牙を突きたて肉を切り裂き 流れる血を啜る瞬間を想像しただけで、生唾が出た。


 しかし同時に、なぜか喰ってしまうのが惜しいような気もした。

 屈託ないあの笑顔が、無くなってしまうのは惜しいと。なぜか、そう思った。














 翌日、日も高くなった頃、約束通りサンジはまたやってきた。

 背中に、大量の、人参を背負って。



 「ゾロ、腹減ってねぇか?おれのおやつ分けてやるぞ」
 にこにこと、皮袋いっぱいに詰めたそれを差し出すサンジを、ゾロは怪訝な顔で見下ろす。
 「おまえ・・・嫌いなんだろ。人参」
 「・・・・ゾロは、にんじんきらいか?」
 「いや、俺が嫌いっつーか、おめ・・・」
 「じゃぁ、食え」
 にっこりと微笑むサンジと、それに呆れた溜め息を吐くゾロ。

 目の前にいるのが、肉食獣だと、腹が減っているとしたら、食われるのは自分かもしれないと、分かっているのかいないのか。
 昨日食われかけたことなど忘れてしまったかのように無邪気に懐き、近付いてくる兎に、
 やはりこいつは頭の中身が少々緩いのか、などと思いながら、取り出された人参を受け取る。
 たしか昨日は、人参食えば大人になれる、とかけったいなことぬかしてやがったな。と、話半分で聞いていた会話をふと思い出し、
 ゾロは、そのうちの一本を、ピトリとサンジの口元に当てた。
 「んう?」
 「これ食わねぇとおめぇ、でかくなれねぇんじゃなかったか?おれにくれてたんじゃ意味ねぇだろ」
 白く柔らかな頬を、真っ赤な人参でつつくと、兎は、片方だけ立った耳をぴるっと震わせ、
 ふにゃぁと泣きそうな顔でゾロを見上げた。
 その、表情になぜか、ググと下腹部の当たりに、覚えのある熱が篭るのを感じる。
 「大人に、なりてぇけど、・・・にんじん、まずいんだもん」
 ぐるんと巻いた眉を下げ、蒼い瞳を滲ませ、口をへの字に曲げる兎に、ふと、嗜虐心を掻き立てられる。


 (こいつの、この顔は、けっこうクるな。)
 やっぱ喰いてぇな、と、ちらりと思った。
 この耳も、腕も、脚も、肌も。余さず喰らい尽くして腹の中に納め・・・。
 しかしそうしてしまえば、もう二度と見られない。こいつの、笑う顔も泣き顔も。
 半年前に、決めたはずだ。この兎だけは食わないでおこうと。
 こいつを見ていると、無性に喉が渇き、腹が減る、苦しいほどの飢餓感を、気合で押しのけることにしたのだ。
 無くしてしまうには、惜しいのだと。

 昨日たまたま、一匹でいるところを見掛け、たまらず襲い掛かってしまったが、
 それは単にうっかり食欲からで、ゾロ自身は、ガキ相手に欲情するつもりはさらさらなかった。
 ・・・その、つもりだった。昨日までは。

 「んなら、俺が大人にしてやろうか」

 漆黒の狼は、ニヤリと牙を剥きだすと、無意識にわいてくる唾を飲み込み、
 驚いたように目を丸くするサンジの腕を、引き寄せた。










 生えたばかりの柔らかな草の上に座り、膝にサンジを抱えた格好で、口を開けるように命じ。
 んむぅぅぅぅ。と顰め面で嫌がるサンジに、ゾロは苦笑して、くすぐるように顎を指先で撫でつつ。
 袋の中から人参を取り出し、サンジの目の前に掲げてみせた。
 「開けろ。口ん中、入れれねぇだろ」
 「んーんー。んー」
 どうやら嫌だと訴えているらしい、一文字に引き結ばれた桃色の唇に、
 ゾロは仕方なく、己の口を押し当てた。

 ともすれば噛み切ってしまいそうな衝動を抑えながら、緩く舌を這わす。ぽってりとした唇の形を確かめるように、ゆっくりと。
 ぺろっと口の端を舐めたあたりで、サンジの体がびくりと震えた。
 ぱちぱちと瞬きするたびにまつげが触れ、くすぐったさを感じながら、何をされているのか分かっていなさそうな、ぽかんとした表情のままのサンジの、薄く開かれた口に、舌を捻じ込んだ。
 「ん、ん!ふ・・うぅ」
 驚いているのかどうなのか、鼻から抜けるような甘ったるい息を吐くサンジ。
 口腔奥で縮こまる舌を探りだすと、肩をすくめるサンジの背中を撫でてやりながら、舌を絡ませる。
 「ぅあっ・・、ンム、んん・・」
 首元に生えた毛に指を絡め、あやすようにさすると、ふるふると震えながらもサンジは、おずおずと舌を伸ばした。
 粘膜独特の、ぬめりのある舌の表面を擦り合わせながら、しだいに蕩けていくその表情に目を遣る。
 先ほどまで、ガキっぽい、とぼけた顔をしていたと思ったが、
 眉をしかめ潤んだ瞳を細めて上気したその紅い肌は、壮絶にエロい。

 (これぁ・・・やべぇな・・・)

 思わず目的を忘れそうになったゾロは、慌てて舌を引き抜き、
 唇の代わりに手にあった人参を、その口元に押し当てた。
 「・・っあ、え?」
 名残惜しそうな顔をするサンジに、ニヤと笑ってみせ、
 「舐めろ」
 と短く命じる。
 口端から垂れた唾液をそれで拭い取り、薄く開いた唇に、舌を潜り込ませたときと同様、人参を咥えさせた。
 「まだ噛むなよ。慣れるまでしゃぶってろ」
 ゆっくりと押し込みながらそう言うと、サンジは涙目ながらも、くふん、と頷く。
 吸ってみろ、と言うと、素直にちゅうぅと吸い上げる。
 ん、んぅ。とサンジが喉の奥を鳴らすのに。ゾロはゆっくり、時間をかけて、人参を抜き差しした。



 無理矢理食わせたんじゃ、好き嫌いは治んねぇから。
 じっくり慣らしてから食わせればいいんじゃねぇか。

 というのが表向きの名目だったが。
 なんのことはない、実際はただの下心だ。
 己の性器を愛撫させているかのような錯覚を、味わっているだけなのだから。
 ここへきて自覚したのは、性欲をともなう醜い劣情。
 それにも気付かず、嫌いなはずの人参に、拙いながらもちゅぱちゅぱと吸い付く兎の、なんと阿呆で可愛いことか。

 子供の無邪気さと大人の色香が共存した、なんともいえない表情を浮かべているサンジの、
 その白く細い腰を引き寄せ、ぐいっと己の下腹部に押しつけた。

 「ふん、んー・・やぁっ」
 途端、サンジは驚いたように身を捩り。口内に人参を突っ込まれたまま、不明瞭に唸る。
 真っ赤に火照った頬と、体。

 下腹に当たる小さな熱の塊を認め、そこに己の剛直を押し当てながら

 ゾロはにやりと口の端を緩めた。















   *****     *****     *****     *****






 この場所へ来て、湖にうつる自分の姿を眺めていると、あの日のことを思い出す。

 「あの頃は、おれも若かった・・・」
 サンジは、ぺたんと垂れた両の耳を手櫛で整えながら、ほう、と溜め息を吐く。

 祖父に厳しく躾けられながらも、甘やかされ守られ、
 外の世界のことなどほとんど知らず、
 平和な森の中、ただ何も考えずに、のほほんと生きていられたあの頃。
 綺麗な綺麗なものだけを見ていたあの頃。

 ものすごく、無知で我侭で、子供だったのだと、今なら思える。


 そして、郷愁とともに懐かしく思い出すのは、決まって、
 美しい、漆黒の毛並みの狼のことだ。


 「なんも知らなかったおれに、まぁいろいろ教え込んでくれちゃって」

 もう何年も前のことなのに、あの日のことを思い出すと、今でも顔が火照る。


 請われるままに強請らされ、恥ずかしいこともいっぱい言わされて。
 ぐちゃぐちゃに喘ぎ泣きながら、初めて、ゾロと繋がった。

 ゾロのおかげで人参が食べられるようになった今でも、
 あれはないんじゃないか。と苦笑を禁じえない。
 食べるための人参を、あそこにまで突っ込む必要は、全くなかったんじゃないかと。

 狼に教わったのは、交尾の仕方ばかりではなかった。
 胸が、つぶれるほど哀しい想いも、
 温かく幸せな想いも、
 恋という 気持ちの 名前も・・・。


 「ゾロ・・・・の、ばーか」
 湖の中の自分に向かって言ってみるも、こんな緩んだ顔では説得力もないので、熱くなる顔を、ひんやりとした水で冷ました。


 「・・・・だれがバカだ。あほ兔」

 ふいに、ガサリと草むらから現れた黒い獣に、サンジはとびあがる。
 「んわ、びっくりした・・・おせぇよゾロ。」
 「あぁ悪い。道がなくなってたんでな」
 「・・・いやそれ、おめぇが迷ってっから、確実に」

 「・・・で、だれがバカだって?」
 「ん、間違えた、エロ親父だ」
 ふはっと笑ったサンジを、
 「上等だ」とゾロは眉をしかめて抱き寄せた。




 「喰らっちまうぞ、エロウサギめ」


 「おう、喰え喰え。残すんじゃねぇぞ」




 いつものやりとりをしながら

 二匹の獣の姿が

 夕闇にとけてゆく



 それはとある森の、幸せな恋物語









 E n d v












 親愛なる まーるさんへの、50万打お祝いと称して捧げさせていただいた
 ユルすぎるうさサンジくんのお話です(笑)

 もともとは、まーるさんのイラストを拝見して、萌えすぎた末に「SS書かせてください」と迷惑なお願いをしに行ったのですが。
 快く書かせてくださったまーるさん、ほんとにありがとうございました!!


 かわいいうさサンジ君と 孤高の獣 狼ゾロをお楽しみいただければ幸いです。
 なおかつ爆笑していただければ嬉しいですv(笑)

 雪城さくら
 



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 追記: まーるさんより うさサンジくん のイラストをいただきましたーvコチラよりどうぞ♪