あたりまえのようにそばにいた。


 これからも、ずっとずっと一緒だと、信じて疑わなかった。


 こんなにもあっけなく、離れてしまうなんて


 想像もしなかった。




 まだ蕾もつけない桜の下、サンジは想いをはせる。


 この花が咲くころには、ゾロは隣にもういない。




 「咲かなきゃいいのに・・・」


 もうすぐ始まる新しい生活。新しい人生。
 ゾロがいない毎日。


 期待よりも、喪失感でいっぱいになるのは、今日が卒業式だからか それとも。


 「寂しい・・・」


 呟いてみて、初めて気付く、自分の気持ち。


 寂しい、寂しい、寂しい。





    卒業




 親友、というのとは少し違うと思う。

 18年間、生まれてから今まで、ずっとそばにいた、ただそれだけ。

 見た目も性格も趣味も考え方も、全てが正反対といえる男と。

 それでも、ずっと一緒にいた。

 あえて定義をつけるなら、『腐れ縁』という言葉が一番しっくりくるかもしれない。




 以前、友人のウソップに『おまえらはほんと仲がいいよな』と言われたことがあったが。
 そのときは心底 嫌な顔で否定した。
 『ボケたこと言ってんじゃねぇぞ長ッパナ!』と。
 そりゃぁ学校でもいつも一緒にいたし、休みの日も毎週遊んだりはしてたけど。
 仲がいいわけじゃないだろう。喧嘩だってたくさんした。性格上相容れない部分もいっぱいある。




 あいつはどっちかっつーと無口で、思ってることの半分も言わなくて、他人に誤解されやすかったりして。
 趣味も違うからそれでよく言い合いになったり・・・
 しかも寝ぼすけで、おれが毎朝起こしに行かねぇと夕方まで寝てるようなどうしようもないやつで。
 食い意地は張ってるし、メシなんておれの作ったもんしか食わねぇし・・・
 おれにだけなんでか意地悪だし、トウヘンボクだしほんと、どうしようもないやつで。



 おれがいなきゃなんにもできねぇんだ、あいつは。
 だから面倒見てやってただけで。




 明日から、誰があいつを起こすんだっつの・・・。









 卒業してもいつでも会える、という期待はもう持てない。
 中学のときの同級生だって、学校が違えば簡単に連絡が途絶えてしまった。
 また遊ぼうなと約束して、3年間一度も会わなかったやつもいた。
 遠く離れてしまえばなおのこと。
 もう二度と会えない可能性だってあることを、知っている。



 それが、頭では理解できてても、気持ちがまだついていかないのだ。


 離れたことなどなかったから。






 サンジは、胸ポケットに手を当て
 固く小さな感触を確かめると、息を吐く。


 まだ少し冷たい風が頬をなでる。


 「今日で最後か・・・・・・ なにもこんな日に」
 高くそびえる桜の木を見上げ、誰にともなく呟いた。







 「あれ?サンちゃん、なぁにしてんのこんなとこで」
 ふと声を掛けられ心臓がひっくりかえるほど驚いた。
 振り返ると、後ろに立っていたのは、エースだった。サンジと同じ学ラン姿、胸には卒業生がつける赤い花、卒業証書の入った筒を、手持ち無沙汰に肩に当てながら。
 いつものようにのんびりとした笑顔で。


 待ち人ではなかったことに、落胆と、ほんの少しの安堵をおぼえサンジは溜め息をつく。


 「あぁエース・・・・・おまえこそ、こんな校舎の外れに何の用だ?」
 「いや〜後輩達にもみくちゃにされちゃってさぁ。逃げてきたんだよね」
 雀斑の同級生は、はだけた制服をひらひらさせ、笑いながら隣に立ちサンジのまねをして上を見上げた。
 「ボタン、ぜんぶ取られちゃったよ」
 はは、と歪んだ顔に、哀愁を滲ませて。
 「モテるやつはいいよな。おれにもちょっとは分けてくれよ」
 「ん?サンちゃんだってモテるじゃん。女の子たち、泣いてたぜ」

 ふたりで軽口を叩きあいながらも、
 『寂しいな』と
 思わず口をついて出そうになる。


 「サンちゃんは・・・春から、実家のレストランで修行だっけ?」
 「そう。高校卒業したから、やっと厨房に入れてもらえんだ。うちのジジィ容赦ねぇから大変だけどな。」
 「あぁあの、イカツイじいさんな」
 “よさ毛”という名の口ひげっぽいものをたくわえたサンジの祖父を思い出して、エースはそりゃ大変だよなとおかしそうに笑ってみせた。

 「エースは地元の大学行くんだよな」
 「んーそう、すぐそこの教育学部。近いからまた食いに行くわ、サンちゃんとこの店」
 「おう、来い来い。男にはまけてやんねぇけどな」
 「ははっ、相変わらずだなぁ」





 『教師になって、この学校に戻ってくるんだ。それで、あの人とずっと一緒にいるって決めたんだ』

 そう言ったときのエースの凛とした、誇らしげな表情を、サンジは今でもよく覚えている。あれは夏前だったか。

 エースが恋をしているのは、うちの学校の教師なんだそうだ。相手が誰かまでは知らないし、聞くこともないだろうが。


 そのときは、好きな相手のために自分の将来まで決めてしまえるエースを少し不思議に思ったりもした。
 同時にその行動力が少し、羨ましかったりも。




 今。



 自分はどうなのだろうか。



 あと少し早くこの気持ちに気付いていれば、何かが変わっていただろうか。



 もう、遅いけれど。




 (なぁゾロ、おまえは、遠くに行っちまうんだもんな。おれを置いて・・・・・・)



 春になったら、あいつの横に居るのはおれじゃない。
 きっと知らない誰かが、当然のように、ゾロの隣にいるのだ。
 おれ以外の誰かに、笑いかけて。



 辛い、寂しい、胸が苦しい。

 何にか分からないけど、不安で押しつぶされそうになる。

 どうして、離れても変わらない友情などを信じていられたのか。

 どうして、無理矢理にでも一緒にいる道を選ばなかったのか。

 どうして、こんなにも好きだと、もっと前に気付けなかったのか。


 悔やんでみても もう、今更遅い・・・・・・








 「あ、そういや知ってるか?ゾロ、今なんか揉めてるみたいだな」



 「・・・え、?なに・・」



 エースの声で現実に引き戻されたサンジは、言われた内容が分からず聞き返す。



 「あいつ、またなんかやらかしたのかっ?」



 「あぁいやいや、進路のことでね、今スモちゃんと討論中らしいよ〜」



 「スモ、ーカー先生と・・? ・・・今かよっ!?」



 今日は、卒業式だったというのに、



 それよりも、ゾロは、県外の剣道の強豪大学に進学が決まっていたはずなのに。



 今このときに、進路のことで教師ともめる理由なんてない。はずだ。











 *****************     ****************











 「悪い、待たせたな」


 ゆっくりと、近付いてくる男に視線を合わせる。


 18年、ずっと隣にいた幼馴染、
 家も隣で、生まれたときから、幼稚園から高校までも同じで、気付けばウザいくらいにそばにいた、腐れ縁。
 ただ それだけだと、思っていた男。



 「ゾロ・・・・・」



 こいつは、こんな顔をしていただろうか。



 なにかを吹っ切ったような、精悍とした表情で



 全てを見据えるような、強い眼差しで射抜かれて



 息もできない。



 そう思うほどの。






 今日で最後だから、言いたいことがあった。

 もう会えないかもしれないから、伝えようと思った。

 お別れだな、向こうに行ってもせいぜい元気でいろよと言って、

 おまえは誤解されやすいんだから、せめてもうちょっとくらい笑えよと忠告して、

 でもほんとは、おれ以外に笑顔なんて見せるな、と思って。

 そんなことは表に出さずに笑って、

 世界一強い剣士になるんだろ、しっかりやれよ、と励まして。

 自分の第二ボタンを渡して、ゾロのをもらって、



 離れるのが、寂しいんだと

 こんなに寂しいと思わなかったと


 ゾロが好きだ、と


 言おうと思っていた。




 まだ咲かない 桜の木の下で。





 「・・・・っ、・・・」

 顔を見てしまったら、言葉が、喉から出てこない。
 言いたいことはたくさんあったのに。
 思ってることはたくさんあるのに、いざそのときになると、胸の奥が詰まったように息もつけない。


 (今更そんなこと言って、どうなるってんだ・・・)


 言いよどんでいると、ゾロの方が先に口を開いた。


 「なんか言いたい事があって呼び出したんじゃねぇのか?」
 どうせ今日も一緒に帰るじゃねぇかと、少し笑って。

 「う・・あ・・うん・・・。」




 ざわりと風が髪をそよがす。



 何を聞けばいいのか、まだ整理できていないのに。

 さっきエースから聞いた話が頭から離れない。

 「ゾロ、進学取りやめた、って・・・どういうことだ・・?」

 「あ?もう聞いたのか。なら話が早え」

 だってゾロは、日本一剣道が強い大学に行くんだって、そんで世界一になるんだって。
 小さいころからの夢だって
 そう言ってたのに・・・。

 「な、んでだ?世界一の剣士になる夢は、諦めんのかよ!?」
 「諦めやしねぇ。世界一にはなる。」
 「だったら、なんで・・・」
 「・・・どこにいてもなれるだろ。強くなるには、ここでも問題はねぇはずだ。それで無理なら、俺がそこまでの男だった、ってだけのことだ」


 一体その自信はどこからくるんだ?!と言ってやりたい。
 でも、言えないほど強い視線で見つめられて、

 こんなときなのに、もう少し一緒にいられるんだ。と思った。

 「春から、自宅から通える大学に行く。だから、これからもメシ作れ。朝も起こしに来い。いっそのことウチに住め」

 それにビクリと肩を揺るがせ、サンジは目を見開く。

 「はぁ!?お前馬鹿だろ?おれは家政婦じゃねぇぞ!!住み込みもご免だ!」


 呆れ顔で罵りながら、馬鹿はおれだな、と思った。


 傍若無人なゾロの台詞が、嬉しいだなんて。
 もっと違う言葉で聞きたいと思うなんて。


 なのに、素直に頷けない、自分は大馬鹿だ。


 まぁ、こんなこと言われて頷けるやつなんていねぇだろうけどな。




 「つっても、お前は来るんだろ?毎日、俺を起こして、メシ食わせて。」


 ニヤリと、したり顔で言う男。


 そうだな、これからも毎日、そうするんだろう。たぶん、おれは。




 これからも変わらない日常。



 ずっとゾロのそばにいる自分。



 それは、幼馴染として、ひとりの友人として。





 ・・・・・・あぁ、無理だ。





 だって、気付いてしまった。ゾロが好きだと。
 こんなにも、この男が愛しいのだと。

 何でもない顔をして、隣に居続ける道を選ぶのがいいのは分かっていても。

 一度自覚したこの気持ちをもう、抑える自信がない。



 「ゾロ、・・・おれは・・・もう・・・」


 「出来ねぇなんて言わせねぇぞ。」



 そう強い口調で言われ、サンジは驚いて目の前のゾロを見つめた。
 何故か拗ねたような、責めるような顔をした幼馴染を。



 「俺はな、お前のメシじゃねぇと、食ってる気がしなけりゃ生きてる気もしねぇ。他のもん何食っても味がしねぇんだ。だから、メシ作れ。これからも。」




 ずっと。俺が、死ぬまで。




 そう続いたゾロの言葉。
 驚きを通り越して呆れ果ててしまう。



 あぁ、やっぱり馬鹿はこいつのほうだった。




 こんなに分かりづらい男の世話、おれ以外に誰が出来るよ?
 この言葉の意味を、理解できるほど長い時間一緒にいたんだ。
 それがあと何十年増えようが。
 いいじゃねぇか。




 ずっと、一緒にいるんだろ?



 これから先、一生な。




 ふ、と笑うと、それを見ていたゾロが、慌てたように学生ズボンのポケットに手を突っ込んだ。

 眼前にでかい拳となんだか白いものをずいと突きつけられ、サンジは首を傾げる。

 なんだこれ?

 「拭け」

 ・・・なにを。

 訳が分からず戸惑っていると、頭をおさえられ無理矢理 頬をごしごし拭かれた。

 「わぶ、いて、いてぇってゾロ、あにすんだよ」

 「こんな日に泣くやつがあるか」

 え、泣いてんのかおれ?? んでもって、ゾロにそれ見られて、涙拭かれてんのか!?

 思い至って急に恥ずかしくなった。

 イヤイヤをするように身を捩ると、

 「そ、つ業式に泣くのなんて普通だろ!つかそのハンカチいつのだ?洗ってんのかよ!?」
 減らず口を叩いてみる。
 ゾロはぶすっとした顔で、洗ってるやつだ。と答えた。
 そして一言呟く。

 「オメデトウ」

 「・・あ?なに気色悪いこと言ってんだ?おめぇも卒業すんだよ」

 眉根を寄せるサンジは

 「・・・卒業式もそうだが、今日、誕生日だろお前。こんな日ぐらい笑ってろ」

 ゾロにがしがしと頭を揺さぶられて




 泣き笑いで、胸ポケットの第二ボタンをそっと撫で、


 やっとの思いで 口を開いた。



















 いまはまだ、言葉だけの約束を



 叶えるための努力をふたりで。




 幸せな未来が待っていると信じて。








 E N D






 リクしてくださった七緒さん、お読みいただいた全ての方に感謝を込めて。
 ありがとうございました!!


  2007.4.26  雪城さくら




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