今日も平和なゴーイングメリー号。



 のはずが、



 その甲板では、ちょっとした諍いが起こっていた。





 「俺だ!俺にきまってんだろ船長だぞ!?」

 「意味わかんないわよ何言ってんの、あたしよ!!」

 「お、おれだよなっ!?」

 「い〜や、大穴狙いで俺だったりして!」

 「ふふ、あたしかもしれないわよ?」

 口々に、クルーたちが言うのに対して、サンジはおどおどと視線を彷徨わせながら、こっそり頭痛を覚える。


 いや、あんたたちの言い合いが、ぜんぜん意味わかんないから!




  




 サンジの生まれた地方では、ある言い伝えがある。

 今朝、みんなの前でおもわずぽろっと落としちゃったのが、ことの始まりだった。

 手元にあるのはひとつだけ。

 ゆえに、選ばれるのは、だれか一人だけ。

 それを、今になってみんなが「欲しい」と言い出したから、サンジには困ったことになった。

 この中で、一人にだけあげてしまうと不公平になるのだから。

 ほんとは、ナミさんかロビンちゃんがいいんだけど〜〜ww・・・・・でもどちらかを選ぶなんておれにはできねぇ!

 ぐぬぬ・・・と掴みかからんばかりに睨み合う仲間を横目に、

 「あぁ〜おれってば愛されちゃってるな〜〜ナミさんとロビンちゃんにw」

 とそんな場合じゃないのにサンジの鼻の下が伸びた。


 くるくるとラブハリケーンを起こし、

 「おれのためにケンカしないで〜〜wんぬぁっみすぁ〜〜〜んwwるぉ〜〜びんっちゅあぁぁああんww」

 ハートマーク全開で寄って行こうとしたところで。

 ずがんっ!と分厚い医学書が飛んできて顔面にヒットする。


 「あいたぁ〜!ナミ、それはいてぇぞ〜」

 ルフィが、のん気な声でもんどりうつサンジを眺めた。

 ナミは、ふんっ!と息を吐き出し、ルフィをじろりと睨む。が、すぐに、にっこりと笑いを浮かべると、サンジのほうに近付いて行った。

 後ろでチョッパーが、「おれの本がぁぁぁぁああ!!」と叫んでいることなど無視。



 顔をおさえ蹲ってうんうん唸るサンジの頬を、優しい仕草で包み込むと、


 「そう、だれのせいで言い争ってるかわかってるみたいね?あたしたちみんな、サンジ君のこと、大好きなの」


 その言葉に、サンジの表情がぱぁっと明るくなのを目で制し。


 ナミが、ドスのきいた低い声で続けた。


 「だから・・・・・・早く出すもん出しなさいよ」


 「・・・それ、脅しって言うんじゃねぇか?」

 ウソップが震えながら見つめるナミ(魔女)の背中。その向こうでは、

 やっぱりサンジが目に涙を浮かべて震えていた。










 「お前ら、なにやってんだ?」

 サンジを取り囲み、やいのやいのと騒がしいクルーに、今頃のそのそ起き出してきたゾロが、呆れて尋ねてきた。

 おお!助かったっ!とサンジはゾロににじり寄る。


 「みんな、悪い!おれ、ゾロにすっから!だから、恨むならコイツを恨め!!」

 「はァ?おいっ、なんのことだ?!」

 「ゾロ、これやるから、はやく食っちまえ!言っとくがな、おめぇのために作ったんじゃねぇぞ!」

 サンジはそれだけ言うと、ゾロの手にぐいっと何かを押し付け、ぶーぶー文句を言う仲間を残し、脱兎の如くキッチンに駆け込んだ。



 後には理由も分からず呆気にとられる剣士。

 「・・・おい、なにがどうなってんだ?」

 綺麗にラッピングされた小さな包みを持つ剣士が、クルーに向かって説明を求めると。

 「・・・あのコックさんは、こうでもしないと、自分に素直になれないのよ。しょうがないわね」

 先程までケンカをしていた5人が、顔を見合わせ、共犯の笑みを浮かべた。
















 ノースブルーには、古くから伝わるイベントがある。

 『19歳の誕生日に、大好きな人に、チョコレートを渡す』

 というもの。



 「チョコ欲しさにケンカするなんて、みんなもまだ子供だなぁ〜」

 サンジは、キッチンの椅子にへたり込み、くすくすと笑いながら、


 今頃になって震えてくる手を握り締めた。




 そりゃぁ、ナミさんもロビンちゃんも、大好きだけど。


 あげられるのは、ひとりだけだった。


 だから、作ったチョコレートも、ひとつだけ。


 リキュールをたっぷり使った、ビターチョコ。


 あんなことにならなければ、渡すつもりのなかったチョコレート。


 『だれのため』なんて、最初から決まってた。






 みんなには言わなかったけれど、あの言い伝えには続きがある。

 あまりにもロマンチックで、サンジですら信じていないもの。

 『心から愛する人にだけチョコレートを渡す。そして結ばれたふたりは、生涯幸せに添い遂げる』

 心から愛する人、というのはもちろん、一人だけしか渡してはいけない、ということで。


 ・・・信じてはいないけれど。絶対にありえない、と思っていたけれど。


 ほかの誰かにあげるのは嫌だった。


 ゾロでなければ、嫌だった。



 「・・・渡すつもりもなかったくせに」

 ぽつりと呟いたとき。

 キッチンのドアが、ばんっと開き。サンジは驚きのあまり数十センチ飛びあがった。


 「うわぁっ!も、もうチョコはねぇぞ!?・・・・あぁ、ゾロ・・・か」

 「コック、・・・これ、俺が食っていいのか」

 ずかずかと近寄るゾロに、サンジは急いでなんでもない顔を装いながら

 「あ?まだ食ってなかったのかよ?早く食えっつったろ。ルフィに横取りされんぞ」


 その手に収まるチョコレートを見つめた。




 心臓が、早鐘みてぇに打つのが、聞こえんじゃねぇだろうな。

 ヤベェ落ち着け静まれ、バレてたまっか。



 「・・・あいつはもう取らねぇ。これ、俺のもんでいいんだな?」


 「・・そう言ってんだろ。あん中の誰かに渡したんじゃ、不公平になっからな。いや〜みんな、そんなもん欲しがるとは思ってなかったから焦ったぜ。今日のおやつは奮発してやらねぇとな〜」


 「・・・ひとつだけしか作らなかったのはなんでだ」

 ぎくっと、背中に汗が伝った。

 「 !  な、んで・・・ンなこと聞くんだよ」

 「まぁいい。食えば分かんだろ」

 がさりと包みを開き、艶やかなチョコレートを口に持っていくゾロの手を、サンジが掴む。


 「お・・おい・・・なんか知ってんのか・・?」


 「なにをだ?」


 「いや、知らねぇならいい。お、おうっ食え食えっ!さっさと食えとっとと食ってどっか行けっ!」


 サンジは掴んだ手を離すと、そっぽを向いてひらひらと手を振った。

 しっしっ!と追い払うように。

 まったく素直じゃねぇなおれぁ。

 んなこと分かってるよ。


 だけど、見てられない。居たたまれない。

 ほんとにやるつもりなんてなかったから。

 そのうえ、ゾロが食うところをこの目で見るなんて、きっと心臓がもたない。


 罪悪感と、期待が入り混じった、複雑な感情を持て余し、赤くなった顔が見えないように押さえた。


 「犬か、俺ァ。・・・・・・まぁ、俺は知らなかったがな、ロビンが知ってたぜ」

 ゾロのその言葉が、耳に届いた途端、サンジは弾かれるように振り返った。

 「・・・うめぇな。酒の味がすんぞ。なぁ、これ、俺のでいいんだよな?」

 「う、ぁ? おめ・・・なんて・・・」

 見上げると、ゾロの頬も、サンジと同じくらい赤く。

 その顔に、信じられないくらい幸せそうな笑みを浮かべながら。


 「おめぇにも、味見させてやるよ」


 信じられないほど甘い声でゾロが言い、顔が寄せられるのを、


 サンジは固まったまま見つめた。















 張り裂けそうな胸の高鳴りを。



 笑っていいのか怒っていいのか、複雑すぎるこの感情を。



 幸せすぎて泣きたくなるほどの想いを。




 一人で抱えていたものを、ふたりで分け合っていくようになるのは、すぐあとのこと。





  E N D












 お読みいただきありがとうございました〜ww



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