【 復讐エイプリル 】





『おいクソコック、メシ』


ゾロの第一声はまずこうだ。

いつだって。



腹巻に片腕 肘まで突っ込んで、眠そうに首筋を掻きながら現れるその姿は

まるっきり ダメ亭主。

こんなときは精悍さの欠片もありゃしねえ。

どんなにうまい飯を用意したところで、ゾロは顔色一つ変えずに咀嚼し、

そのあとは何食わぬ顔でおれのことを押し倒すのだ。

まだ後片付けが・・・とか、明日の下拵えも・・!なんておれの意見は、ことごとく無視される。

いつだって。


なのでおれは、ちょっとした復讐を思いついてみた。

ちょうど今日は、奴の故郷では

『年に一度、嘘をついても許される日』

らしいしな。











「おいクソコック、メシは?」

想像通りの台詞でキッチンへ入ってきたゾロに

サンジは悟られないよう深呼吸して、

昨晩から用意していた言葉を返す。

限りなく冷静に見えるように、と願いながら。

「ねえよ」

「・・・はあ!?」

これまた想像通り、怪訝そうに深く眉間に皺を刻むゾロ。

「メシなんて、無え。」

・・・よし、うまくいった、声は震えてない。





だいたい、おれの職業が『コック』だからといって、おれがメシを作るのがさも当然のように言われるのが、釈然としない。

や、ナミさんやロビンちゃんのためなら、たとえ頼まれなくとも作るんだけどね?

ってか、誰のためでも作るのが当然なんだけどね、ほんとは。コックなんだから。

ってか、ちったぁ感謝しろとか、そういうことを思っているわけではねえんだ。

何がこんなに気に障るのかも、自分でも もうよく分からなくなってるんだけど・・・。



ゾロに。

『メシ作るのが当り前』 みたいに思われてるのが、なんというか・・

・・・寂しい、って気に、なっちまって。

他の奴ら相手なら、こんな風に思うことはないんだろう。

ゾロ、だからこそ。



「残念だったなぁ、おれ様の絶品料理にありつけなくて!せっかく上陸したんだから、わざわざ戻って来なくてもいいじゃねえか、島でなんか食ってこいよそうしろそうしろ」

「・・・何があっても絶対戻って来い、つったの、お前じゃなかったか?」

低い声で、意味が判らない、というように聞かれるゾロの言葉に、サンジはしれっと目を逸らした。

そりゃあ、ゾロが戻ってきてくれなければ、成立しない計画だったからで・・・。

「とにかく、お前に食わす飯なんて、爪の先ほどもねえんだよ!!素早く今すぐどっか行っちまえ」

矛盾を突かれる前に、と吐き捨てるように言ったのに。

「・・・具合でも悪いのか」

ゾロに、まるで、心配してるみたいに聞かれて。

サンジの胸が急に跳ねた。

近寄られて、額に手を翳されるのに、

ぶわ、っと顔が熱くなるのを感じる。


ゾロと付き合いだして、だいぶん時間が経って、

抱かれることも慣れて。側にいることも慣れた、と思っているのに。

こういう、不意に優しいところを見せられたり、

急に近付かれたり、っていうのに、サンジは弱い。弱すぎる。

頭でなく、身体が先に反応してしまうのだ。

心臓がばくんと鳴って、顔が赤くなって、目が潤む。

ゾロは、サンジのそんな反応に気付いているのかいないのか。

時折こうして、何でもないのに、必要以上に接近してみせたりする。

面白がられてる!と思って、いつも、ちょっと悔しい想いをしてるのに。

「顔、赤ぇぞ。熱あんのか?」

今日は、ほんとに、心配してるみたいに見えて。

気恥ずかしくて。

「ねえよ熱なんてよお!!!もお〜おれに触んな近寄んな!!!」

ぐいい、とゾロを押し返した。


ちがうちがう、ゾロに心配される、なんてのは、おれの台本にはないのに。

ちょっと嬉しくなってどーすんだよ!


言わなきゃならない、台詞があるのだ。

そのために、昨日の晩から頭を悩ませていたのだ。

ここは、少々強引だが、もう言ってしまおう、とサンジはやおら口を開いた。

「おれは、お前のことがだいっきらいなんだよ!!」

「・・・へえ」

「・・・っえ?」

へえ、って・・・それだけ?

「や、だから、きらいなの、ゾロのことが!」

「ほお。そうか」

「・・・ぃや、だから!!」

あああもう!


サンジの想像では、ゾロは、焦ったり涙ぐんだりして、捨てないでくれ、とかゆって必死に泣きついてくるはずだった。

そんなゾロ気持ち悪い、とは思いながらも。

だって、自分ならそうするだろうと思うから。

そしたら、笑って、『うそだよばーか!』つって、

『おれさまの大事さを思い知ったか!』とか言って。

飯食って、ただ抱くだけじゃなくって、もっとちゃんと・・・おれのこと・・・とか

夢見るように思い描いてたはずなのに。


なに?なんでそんなゾロ普通なの!?


何故だか、思ったようにいかないことに。サンジはちょっと泣きそうになっていた。

「いいのかよっ?!」

何がだ、何が!!と自分で自分を叱咤しながらも、訊ねずにいられない。


嫌われてても、いいと思っていたのか、ゾロは。

おれの気持ちなんか、関係ないのか・・・ と。

泣きそう、というか、既に半分泣いている。


「いいも何も・・・・お前それ、嘘だろ?」


「・・・・・・・・う゛ん」


ものすごく あっさり言い切られて、サンジは下唇を噛みながら、涙目で肯定した。


「俺を騙そうなんざ、百万年早ェよ」

「ううううう・・・・・・ゾロおおおおお」

うえええん、と泣きながら、逞しい胸板に抱きついた。


「好きだよほんとはーー」

「知ってるっつの」

「お前も言えよーー」

「ああ、好きだぜ、サンジ」

ぽんぽん、と頭を撫でられながら、あやすように囁かれる台詞に、サンジはとろんとなった。


ただ、嘘ついていい日、にかこつけて、

ゾロに、好きだって言ってもらいたかっただけなのだ。

普段はちっとも言ってくれない、ゾロに、せめてもの復讐に・・・復讐のやり方、あってる?




「ああ、そんで。飯は?どっかに隠してあんのか?」

「・・・・ん?」

「メシ」

「・・・・・・・・ねえよ?」

「・・・・・・・・あ?」

「忘れた」

「なにを」

「作るの」


怪訝そうな顔をするゾロに、サンジはきょとんと言い返す。


その瞬間


キッチンの扉の向こうで、ガタン、と何かが倒れる音がして

誰かが、泣き叫びながら去っていく声が聞こえた。


「・・っわ?!なに?!だれ?!」

「・・・ウソップ・・・今日誕生日らしいぞ。」

「・・・ええっ!まじ?!」

「悪ィ。お前が帰って来いつってたの、ウソップの祝いでもしてやんのかと思って、あいつも誘っちまった」

「・・・ええええええっ?!」




誕生日を祝ってもらえるのかと、喜んで船に戻ってきたのに

見たくもないのに見せ付けられたコックと剣士のラブシーンの後。

ごはんがない。パーティーもなし。

つーか、誕生日覚えられてもいない。

という事実にショックを受けた長鼻を引きこもった男部屋から連れ出すのに、

急いでクルーを呼び戻し、ありったけの食材で料理をこしらえ、

盛大なパーティーを開くまで。

サンジとゾロは島中を奔走した。


もちろん、ふたりっきりで過ごすはずの、島での夜は綺麗にオアズケ。




人を呪わば穴二つ。

サンジは、もう二度と、くだらない嘘なんかつかねえぞ!!

と思った。

というお話。




―おしまい―