Point of No Return 2




(なんだってコイツはこんな、どこもかしこも可愛いんだちくしょう)

サンジの柔らかな唇にゆっくりとキスを落とし、ゾロは内心毒づく。

普段の、楽しそうに突っ掛かってくる乱暴な言葉遣いすら十分可愛いと感じてはいるが、二人になったときにゾロだけに見せる、サンジの無防備極まりない笑顔は本気でマズい。調子が狂うなんてもんじゃない。サンジに締まりなく気を抜いた表情を向けられるとゾロの心臓は毎回、ごつんと拳で殴られたような衝撃を受けるのだ。愛しさで息が詰まるほどの。
こうなることが分かっていたからさっきは―――抱きしめる手を離すだけのことに理性総動員したというのに。


帰宅すると灯りのついたあたたかな部屋。
立ちのぼる飯の匂い。
出迎えるサンジ(エプロン付き)。
あまりにベタな展開に、出来すぎた夢見てんのかと思ったぐらいだ。
しかも極めつけ、はにかみながらの『おかえりなさい』だァ?

こっちはどう考えても初物なサンジ相手に、せめて卒業までは待ってやろうとしているのに。ふやけた笑顔で幸せそうに呟かれる「せんせーすき」に抗える奴なんざ居るのか。
ゾロが二十九年かけて築き上げた大人の余裕と教師としての分別を、ことごとく打ち砕くこいつが悪い。

なかばゾロの逆切れのようにも聞こえるが、つまりはサンジにツボ突かれまくって悔しいのだ。
(むしろこいつ、狙ってやってんじゃねェだろうな?)
というぐらい、やることなすこと可愛く見えて、いっそ腹が立つほど。
・・・ってやっぱりこりゃ要するに、逆切れってやつか。


触れるだけの口付けに少し身を硬くし、目を閉じ金色の濃い睫毛を震わせているサンジだが、
「・・・ん・・・っぅ・・・」
息苦しくなったのかゾロのシャツをぎゅっと掴んでしがみついてくる。
支えた後頭部をあやすように撫でると、ゆっくり強張りが解けはじめた。
唇を強めに押し付け、サンジの薄い唇を軽く吸ってみると、「ふはぅ」と吐くその息さえも甘いと感じる。
・・・・・・早く離れてやらねェと、いやもう少し味わわせろ、と頭の中でせめぎ合いをしている声が他人事のように聞こえる。
徐々に慣れ出しふわりと開くその口の中に、舌を捩じ込みたくて堪らなくなった。となると最早、それだけで済むと断言出来る自信も無い。冷静でなどとてもいられない。

(・・・箍ァ外れかけてんじゃねェか俺ァ)

さすがにこれ以上はやばい・・・
引っ込みがつかなくなる前にそろそろ解放してやろうと重心を背後に傾けたゾロを、
サンジが焦れたように追いかけてきた。
「んっ・・・ぞろ・・・もっと・・・」
猫のように、つたなく唇を啄ばもうとするサンジの仕草が可愛くて。
ゾロは加減もきかず背中を抱き寄せ、舌で歯列をこじ開けると深く口付け―――

ブシャぶじゅわァァァァァッ

突然聞こえた蒸発音にハッと我に返った。






「―――っひぇ!?わ、なべ!鍋!!」

泡を飛ばして噴きこぼれる土鍋に驚き、サンジは慌てて身を起こすと火を止める。慌てすぎて起き上った拍子にテーブルの上のビール缶まで倒してしまいますます焦った。あわわ、わわ。
「せ、先生、ぞーきん!・・・じゃねぇタオルどこ!?」
派手な音の割に零れた量は大したことなかったのにほっとして隣に目を向けると、呆れたように苦笑するゾロと目があった。
とたんにさっきまでのキスを思い出し、サンジの頬が赤くなる。
「・・・・せんせ、タオル、とってきて・・・」
ふうと一息ついて、サンジの頭をぽんぽん撫でてから立ちあがるゾロの後ろ姿を見てると、今頃になってドキドキしてきた。
キスする前も、してるあいだも、ずっと治まらなかった強い動悸だけど、いっそう拍を速めて。
(・・・ゾロといるとおれの心臓、おかしくなっちゃうかもしんねぇ)


初めてのゾロとのキスは、あったかくて優しくて、例えようのない心地よさを与えてくれた。
世界から音が消えたように、ゾロの息遣い以外なんにも聞こえなくなって―――コンロにかけっぱなしの鍋の存在なんて、きれいさっぱり忘れてしまってた。
抱きしめられて、最後のほう少しだけ、ゾロの厚い舌がはいってきたとき、背筋がぞくんと痺れた。
自分のじゃないみたいな鼻にかかった声で、甘えて名前を呼んだ気がする。

ぶしゅう、今度は鍋でなく、サンジの顔から湯気が噴射しそうだった。
「うぅううう〜」喉の奥でうなりながらソファの上で三角座り、膝の間に顔を埋めてうずくまる。
テーブルを拭きながらゾロが「大丈夫か」と声を掛けてくれるけど、だいじょうぶなもんか。なんでせんせー平気なんだよこの状況。おとなってずるい。
待ち望んでた展開だっていうのに、サンジはもう顔があげられない。耳まで赤くなってる。頬もデコも、首まで熱い。ゾロの顔も見れない。だってものすごく、
「ムリ・・・は・・・はずかしい・・・・・・です・・・」
思ってたよりものすごく。

けどたった一回のキスにこんなにうろたえてたんじゃ、ゾロにそれこそガキ扱いされてしまいそう。呆れて、もう二度としてくれなかったら・・・そんなの嫌だ。
サンジは意を決して膝の隙間からちらりと上目で見上げ、
「・・・な・・・何回かすれば、慣れるとおもうけど・・・」
その言葉は強がり半分、希望も半分、だから最初で最後にしないでと、願って笑う。

なのにゾロはといえば、なぜかビタリ動きを止め、これ以上ないくらい眉を顰めた凶悪顔。
「サンジお前・・・他の奴の前で絶対ェんなこと言うんじゃねェぞ」
あげく、只今苦虫を噛み潰し真っ最中、みたいな口調で説教じみたことをのたまいやがる。
ちょっと、ひとの勇気振りしぼった恥ずかしい台詞に対して、その返しはないんじゃないかと!
「ハァ?あんた以外にこんなクソこっぱずかしいこと言うワケねーじゃんバカなの?怒るよ?」
悔しくていつもよりトゲのある言い方になってしまうのも仕方ない。だって・・・
「先生が・・・おれの彼氏・・・だからだろ。キスだって先生としか・・・しねぇもん」
頬をふくらませぶーたれていると、ゾロが諦めたように嘆息して持っていたタオルをシンクへ投げ入れ、元の席に座りなおした。薄っぺらなソファのスプリングがはずみでギシっときしむ。
「・・・そうだな、悪かった。おら、機嫌なおして鍋食うぞ」
どこかつっけんどんな言い方にサンジの頬がますますふくらむ。
「・・・えーなにその言い草、せーいが足りねー」
誠意だぁ?ってゾロが呆れたみたいに苦笑してるけど、子供だからってテキトーにあしらおうとしてるのなら悔しい。サンジにだって、ちゃんと謝ってもらう権利はあるはずだ。
じっと見つめてると、困ったように顔をゆがめていたゾロだったが
「・・・すまん。疑うようなことを言った俺が悪かった」
居ずまいを正すと、サンジの大好きな少し低めの声で言う。
ゾロが対等に向かい合ってくれたことが嬉しくて、そうするとなんであんなに些細なことで拗ねてしまったのかすら分からなくなってしまう。
「うん、じゃぁおれも、ごめんなさい」
気恥しくなって、サンジも素直に謝った。
「せんせー誕生日なのに、ケンカしてる場合じゃねぇよな。鍋食お、ちっと零れたけどだいじょーぶだよな?ポン酢でいいか?締めはうどんと雑炊なー」
「両方かよ」
だし汁を継ぎ足しながら鍋の準備を再開するサンジに向けて、ゾロが笑ってくれてほっとした。
もう、さっきまでの甘い雰囲気はなくなっていたけど、ゾロとこういう何でもないやりとりをするのも好きだから、まぁいっか。



++++++++++++++++++



「先生知ってた?お菓子作りってな、グラム単位でぴっちり計量しないとふくらまねェの。目分量で計れる料理と違って、すごい細かい作業なんだぜ」
「そうなのか?お前そういうの好きそうだな」
そんなんでも一応理系科なんだし、とゾロが目を細める。

あんなに大量にあった鍋の具材も男二人でぺろりとたいらげ、野菜と肉汁がほどよく溶けただしで、うどんから卵とじ雑炊のフルコース。
サンジはまだすき焼きとか焼き肉とか、もう肉、肉、肉ガッツリ!な食いもんが好きだけど、三十歳すぎたら冬には鍋料理が恋しくなるものらしい、とは祖父のうけうり。
「だからゾロも喜んでくれると思って」そう言うと「たしかに鍋は好きだが、俺ァまだ二十九だ」と叱られた。アラサーって、案外デリケートなんだなと思ったけど、さすがにそれは言わずにおいた。

で、デザート兼バースデーケーキのチーズスフレにろうそく刺して、ハッピーバースデー歌って、吹き消してもらって。
二十九本のろうそくを抜くころには表面ぐちゃぐちゃになってた。

「うん、手順どおりにやったらちゃんと出来るのって、実験みたいでおもしろかった。けど、だから、ケーキとか焼き慣れてねぇからあんま自信ないけど」
っていうかもう、大量のろうそく痕で見目の悪さったらないけど
「見た目は崩れてっけど、味はうまいと思う・・・・・・やっぱ二十九本は多すぎたよなー。来年は先生三十だし、次はろうそく三本にしとくわ」
「どんな厭味ださっきからオヤジ扱いしやがって・・・。と言うか、お前もそのうちなるんだからな、そんときゃ覚えとけ」
皿に取り分けたケーキを口に運ぶと、それまで低い声音で冗談交じりに呪詛を吐いてたゾロの手が止まる。
「うっめ!なんだこれ」
驚きに目を見開いたゾロの率直な感想に、サンジもほわんと笑顔。
「ほんと?よかったぁ、おれも食べよ」
スプーンですくってぱくり。・・・ふおぉうめぇ口んなかでとろけるぅ。
自分で作ったものながら、ほっぺた落ちそうになるふわりと柔らかな食感とほどよい甘酸っぱさに、改めてケーキって奥が深いなと感心してみたり。



ホールで焼いたチーズケーキのうち半分をふたりで食べて、ごちそうさまして残りを冷蔵庫に仕舞いなおす。片づけも終えると、あったかいお茶のおかわりを淹れてサンジはソファへと戻った。
「せんせ、残ったケーキ、明日食べような?」
「ああ・・・・・・ア?」
ずずるー、と音を立てて茶をすすりながら、サンジはなんでもない顔を装う。
ゾロが沈黙して、怪訝な顔を向けてくるのを視界の端に捉えて、
(あ、気付いた・・・かな・・・)
サンジのことばの意味に。明日食べよう、の誘いに。
「あー、茶がうめぇ」
あったかいの飲むと、ぷあーってつい言っちゃうよなー。なんて当たり障りのないことを言ってみたり。でもぜってぇごまかせてねェよな・・・と思ってみたり。そんな間も、心臓はバクバクしてたり。

だって、どうすりゃいいんだよこーゆーとき。分かんねえよ。
初恋、初カレ、童貞の三つ巴―――誕生日というイベントにかこつけて家に長居できるまでに半年かかり、キスすら今日が初めてだったサンジにとっては、この先の展開はあまりにハードルが高すぎる。レベル1の初心者にいきなりラスボス挑ませるようなものだ。
だからこういうとき・・・
ゾロのほうからリードしてくれないと、段階を進められないじゃないか。

・・・・・・一緒に昼飯を食べるのも、デートに誘うのも、告白したのも、家に遊びに行くのも、誕生日を祝うのも。よく考えてみたら全部、サンジが頼んでしてもらってることなんだから、ゾロに主導権を望むほうが無茶なのか?意外とゾロも奥手なのかもしれない。草食系男子ってやつ?いやいやまさかこの見た目でそれは無い・・・いやどうなんだろう実際・・・。
けどそれなら、今日は念願かなってギューだってチューだってできたし、いいキッカケだと思う。
ってか、こんな機会でもないと、ほんとにこのままな気がする。この先ずーっと。


「あのな、せんせー・・・」

なにかの景品らしい変な幾何学模様のマグカップを握る手に力がこもる。頭の中も幾何学模様でぐにゃぐにゃに埋まって、冬なのに冷や汗が出そう。
世の中のカップルはみんな、どうやってこんなの乗り越えてんの?
カラカラに渇いた口内をお茶で潤すとサンジは沈黙を振り切るように、わざと明るい声で話しかけた。

「今日おれ、泊まってっていい・・・ですか?」

「・・・ あ?」

眉間に皺を刻んだゾロの渋い顔に、サンジの喉がきゅっと狭まった。すっぱいものを飲み込んだときみたいに。
ゾロを困らせたいわけじゃない。恋人同士なら当たり前にするはずのことを、サンジにもさせてほしかっただけで。してほしかっただけで。―――つきあってみたけどやっぱ男はムリ、ガキ相手にそんな気になれない、とかだったらどうしよう。そんなふうに思うのを、安心させたかっただけで。
じっと瞳を覗き込んで、どこか怒ってるようなゾロの表情、その真意を読み取ろうとしたけど、結局無駄だ。ゾロが考えていることなんて、見通せた試しなんかないんだから。

もちろんサンジには分かるはずもない。ゾロの脳内でこのとき『誕生日プレゼントは、お・れ(はーと)』というベッタベタな妄想が繰り広げられ、あげくそんな想像をした自分が赦せず脳内ゾロが彼自身の手でフルボッコになっていることなど。


ひるみそうになる気持ちをぐっと抑えて、サンジはゾロと目を合わせ首を傾げてたずねる。ゾロの考えが分からないなら聞いてみるしかない。ゾロもおれのこと好きなんだな、とちょっとだけ自信のついた今日なら言える。きっと言える。
「誕生日にカレシんちにお泊まりー、とか恋人っぽいの憧れてたんだけど・・・だめかな?帰ったほうがいい?」
「・・・まぁそりゃいいが、家に連絡ぐらい入れとけよ」
こんな時間に一人で帰らすのも物騒だしな、と時計を見上げるゾロが、その時にはまるっきり教師の顔をしていて。いやいやあんたに保護者求めてるわけじゃないんだってば。

「ジジィには言ってきてあるし、着がえも持ってきたし、家で風呂も入ってきたし・・・あとなんか問題ある?」
「・・・端から泊まる気満々じゃねェかオイ」
「てなわけで、せんせ、風呂はいってきなよ。おれ布団準備しとくし」
「ああ・・・いや待て。うちに客用布団なんざねェからな。・・・どうすっか」
「そんなの先生の布団で一緒に寝ればよくね?」
ほら万事解決!おれってば名案おもいついた!みたいに軽く言ってみたものの内心では、この尋常じゃないほどの動悸がゾロに伝わりませんようにと祈ってた。
「・・・いいよな?こいびと、なんだから」
「・・・それは無理だ。なら俺がソファで寝る」
けれどサンジの提案に首を振るゾロに、ズキンと胸が痛む。押し隠してへらっと笑ってみせた。
「・・・、な、んで?いいじゃんべつに、おれ寝相悪くねえよ?」
「バカ、そういう意味じゃなくだな・・・」
「・・・じゃぁなに」
よせばいいのに考えたくない予想が頭をよぎった途端、細めた目に涙がわきあがりそうになって。なんでもないふりで声を出そうとしたらひくりと喉が詰まり肩が震えた。

「・・・おれのこと・・・そういう意味で好きじゃないんなら・・・、せんせ、はやく言って」

ゾロが気付いたときには、あふれた雫がサンジの頬を濡らしていた。




あぁ、馬鹿は俺か。

ゾロはサンジの肩を引き寄せると、己の胸に抱きこんだ。きつく腕を回せば、びくりと震えしゃくりあげる薄い背中。
・・・なんつーことを言わせちまったんだ俺は。
大人ぶって常識人ぶって、サンジの為を思って、大事にしてやりたくて・・・それで結果泣かせたんなら言い訳にもならない。

「好きじゃないわけねェだろ・・・」

ゾロは口が立つ方ではないが、なんとか言葉を探す。
「この際だから言うが、俺はお前のことを抱きてェと思ってる。・・・けどな、サンジはまだ若い。体に負担かけるのも覚えなくていいことまで教え込むのもマズいだろ・・・。それと、教師が生徒に手ェ出したなんざバレたらな、間違いなく俺はクビだ。お前のことを守ってやれなくなる」
「おれのため・・・なのか?」
ゾロの胸に顔を押しつけ黙って聞いていたサンジが、掠れた声で訊きかえしたとき、また泣きだすんじゃないかと懸念したが、サンジの方は顔をあげると

「なに言ってんだよ、おれなんてあんたに告白したときからもう手遅れなんだよ。先生だって、受け入れた時点で同罪だろ」
あまりにあっけらかんとして言われたものだからゾロは、さっきまで泣いてたのは誰だ、とかツッコミ入れそうになった。
生徒側にはあまり知られていないが、教師と生徒の交際が発覚した場合、問題になるのは『性的関係にあったかどうか』だ。ゾロが躊躇している原因の一端もまさにその部分で。けれどかといって今さらサンジを手放すことなどできやしない。そんな選択肢はもともとない。
「幻滅したろ・・・お前相手だと、意気地のねェこと思っちまうんだよ」
「・・・幻滅なんてしねぇよ。 おれだってずっと先まで一緒にいるためだったらちょっとぐらいガマンできるし、先生が好きでいてくれたらがんばれる。自分で決めて選んだことなら、後悔したっていいよ・・・それぐらいゾロが、すきなんだよ」
「サンジ・・・」

「先生が案外カタブツなのなんて知ってる。だから――― 先生の覚悟、半分わけて、おれに」

サンジがこれまでになく大人びた表情で、まっすぐゾロを見て言い募る。
「要は最後までしなきゃいいってことだろ。どこまでならセーフ?せんせーの基準、教えてよ」
雫の残る潤んだ瞳で熱っぽく見つめられて、ゾロの喉が詰まった。
「キスは?それもだめ?」
「・・・まァ、それくらいは」
「ぎゅうも大丈夫?」
「あァ・・・」
「じゃぁ・・・一緒に寝てもいい?」
「・・・・・・」
「な、せんせ・・・」
いいよな? 甘く耳に届く声後が蠱惑的で。ゴクリ、自分が唾を飲み込んだ音がやけに響いた。
悪魔に魅入られる、とはこんな感じだろうか――それにしては随分と可愛らしい小悪魔なのだが――返事をしているのはゾロ自身だが、なにか得体の知れないものに操られて口が勝手に動いている。呑みこまれている、と言ったほうが近いか。
(つーかこれ、さっきの遣り取りに戻っただけじゃねェか)
―――だがもう、どうせ何もなかった頃には戻れない。引き返せないのなら前に進むだけだ。お互いに、ちょうどいいところを探して落ち着くしかない。今のところは。

「分かった、一緒に寝るのまでは譲歩する。そのかわりそれ以上は卒業まで待てるな?」
「うん、いいよそれで」
「・・・なーんで結局俺が許可もらってるみてェになってんだこの小悪魔が」

サンジの思惑通りに乗せられた気がして腹立ち紛れに頬を抓ると、年若い恋人はそれすら嬉しいのかにこにこと笑っている。
ったく、急にふてぶてしくなりやがって。
もっともゾロの顔も、十分だらしなく弛んではいたのだけれど。



++++++++++++++++++



「・・・・・・いいとは言ったが、お前は少し自分の貞操を心配したほうがいいぞ」
「どゆこと?」
風呂に入りテーブルを脇に片づけリビングにゾロの普段使っている布団を敷いて。
さあ寝るぞもう何も考えず心頭滅却とにかく寝るぞ。と横になったゾロの隣にサンジがもぐりこみ、ぴたりと密着してくる。服越しにあたる柔らかな肉の感触と体温に、ゾロは早くも後悔し始めていた。

「なぁせんせーおやすみのキスして?」
「わざとやってねェかそれ」
もぞもぞと嬉しそうに寄ってくるサンジの唇に軽く口づけ、可愛すぎるだろうが、などと辟易していたらサンジがにやりと笑う。

(だって先生、案外流されやすいから押せば折れそうなんだもん。先生こそ心配したほうがいいぜ?)

なんてことはもちろん口に出さず。寝なさいと言われてサンジは大人しくゾロに添うように横になった。
どきどきして眠れないかも、とか思ってたけど、体半分に感じるゾロの温かさにすぐにとろんと眠気が押し寄せる。
「せんせ、うでまくらとかしねぇの?」
「百年早い」
「せんせ、」
「いいからもう寝ろ」

「せんせーの、先生みたいなとこもおれ、すきだぜ」
頬をゆるませ幸せそうにサンジが眠りにつくのを見届けてからゾロは

「・・・これはこれで、とんだ拷問じゃねェか」
卒業したら覚えとけよ・・・と、天井に向けて呟いた。




 END



◇Point of no return
1 〔航空〕 帰還不能地点:燃料の片道分を使い尽くす地点
2 ((比喩的)) 後戻りのできない地点、もはや後へは引けない段階
                ランダムハウス英語大辞典より






これにてゾロ誕終了です〜。長らくのお付き合いありがとうございました!

補足ですが、ロロノア先生は性格上、他人にバレなきゃ悪いことしてもいいや、みたいな軽さは持ち合わせてないのです。
先生、結局出来ずじまいでしたが…サンジ卒業まであと一年強。がんばって耐えてくれるんでしょう。ゾロはやればできる男(笑)
また機会があれば、この二人のその後の話も書いていきたいなぁと、思っています。ちょっとずつ成長していけるといい。ゾロもサンジも。

お読みくださりありがとうございましたー!
ゾロ誕生日おめでとう!!!

2013.12.21up