【鬼 宿る】
私は、あの方の手に納められる為に造られたのだと思っていた。
初めて、会ったとき。
私の全ては、この人のものだ、と確信した。
今まで、数え切れないほどの人間が、名立たる剣士たちが、私を必要としてくれたけれど。
私が、誰かを必要だと思ったのは、初めてだった。
主の為なら、この身さえ、命さえ、惜しくはないと・・・。
その主が今、
私の目の前で、死にかけている。
否・・・自ら、死を、選んだのだ。
その瞬間まで私は、人間の死には慣れていた。この身で他人の命を途絶えさせたこともある。
闘いの最中で繰り広げられる命のやりとりは、ある種、日常のものとなり、私の感覚を麻痺させていた。
だがどこかで、信じていたのだ。
この男だけは、死なない。と。
そんな、想いが、何の根拠もないものだったことを、この時になって漸く悟った。
『いやだ』
感じたことの無い、恐怖と、混沌。
目の前が真っ赤に染まり
世界が、崩れる音を聞いた。
主が、心から信頼する者の為に、その首を差し出すと言う。
私のカラダが、その手から滑り落ちる。
『やめて いやだ やめて』
涙を流す瞳を、私は持っていない。
縋りつく手も。駆け寄る脚も。
泣き叫ぶ声も。
私には、主が全てで。
けれど、この世で一番大切なものを、失おうとする時に
何も、出来ないのだ。
何ひとつ。
覚悟を決めた男を、止めることすら出来ない。
『たすけて だれか』
主の想い、決意。
剣士として、私を捨て、敵に頭を垂れる。どれほどの屈辱か。
そんなものは判っている。痛いほど。
それが、剣士としての誇りを捨て去るものだということも。
そこまでして、護りたいものがあるのだ、この男にも。
誰にも、邪魔することなど出来ない。
判っているのだ。そんなことは。
けれど・・・・・・私には、耐えられない。
理解など、したくない。しなくていい。
誰か、助けて。
この男を・・・
強く、優しく、誇り高い、私の主を。
主の苦痛を、減らすことが出来るのならば、私はどんなことでもするのに。
その痛みを、この身に与えてくれればどんなにいいか。
たとえ 私が 朽ち果ててしまうことになったとしても。
主が、生きているなら、それでいい。
『いきて』
あとはただ、祈るだけだった。
ほかの二人も、眼前を見据えて、見届けようとしている。
私と同じように絶望に苛まれながらも、信じようとしている。
この男は、死なない。と。
それが、藁にも縋る思いだったとしても。
全てが終わったあと、
また、私をその手に携え、野望に向かって進んで行くだろうこの男の為に。
この瞬間より、私は 鬼となり 夜叉となる
修羅の道を進む為に
強くありたい。
切実に、そう願った。
私の魂は、永久に、主と共に在る