サンジが「おれ、やっぱ辞めることにした」
と告げたとき、
ゾロはただ、「そうか」とだけ呟いた。
ゾロとサンジは同じ予備校で働く講師。
同い年ということもあって、初めから気が合った。
休みの前の日は、二人で朝まで飲み明かしたり、
何度も一緒に旅行に行ったこともある。
気の合う、友人同士・・・・・・だった。
その日までは。
「サンジ先生、辞めちゃうってほんとですか!?」
授業が終わって、講師室に半分泣きながら入ってきた生徒たち。
それを見て、サンジも泣きそうになるのを堪えながら、無理やり笑顔を作って宥める。
辞めないでください、と泣かれて、サンジの胸がひどく痛んだ。
俺も見たい。この子達が、来年、笑顔で大学に合格する姿を・・・。
一緒に見届けたかった。
頑張ってる生徒を応援して、見守って、一緒に祝いたかった。
でも、辞めるって決めたから。
悩んで悩んで、自分で出した結論だから。
サンジは、気丈な顔を作って、生徒を慰め続けた。
「よく泣かなかったな?」
振り返ると、誰もいなくなった講師室に、ゾロの姿。
「・・・・・・いつから見てた」
「あ?最初から?」
からかうような笑顔に、サンジはちょっと顔を赤くする。
こいつには、全部お見通しなんだろう。
ふてくされて、赤い顔を隠すために、サングラスを掛け直した。
「今日はもう帰れるだろ?飲みに行こうぜ」
そう言われて、サンジは少し複雑な気分で頷く。
ゾロに、一番に「辞める」と告げた日以来、二人で飲むのは久しぶりだ。
サンジ自身、バタバタしていたせいもあるけれど、ゾロからも誘われなくなっていたので、実は落ち込んでいたのだ。
いくら職場が同じとはいえ、毎日顔を合わせるわけではない。
予備校で、合わないことのほうが多いから。
(このまま辞めたら、疎遠になっちまうのかなぁ・・・)
と、少し不安にも思っていた。
まぁ、辞めても、毎週ゾロを飲みに誘う気だけは満々だったが。
「いいぜ、どこ行く?」
「俺んち」
すかさずゾロが答えるのに、サンジは少し驚く。
いつも飲みに行くのは、安い居酒屋か、サンジのアパートどちらかで、ゾロの家には行った事がなかった。
たしか、実家暮らしじゃなかったか?
くいなちゃんとかいう、妹さんと親父さんと三人暮らしだったはず・・・。
「いいけど、ゾロの実家よか、俺んちのほうがよくねぇ?」
夜遅くに行ったらお邪魔だろうし、気を遣わせたら悪いし・・・。
そう言うと、ゾロは
「いいから、付いてくりゃ分かる」
と少し笑った。
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言われるまま連れられた場所は、なぜかマンションだった。
「ゾロ・・・・・・ここ、なに?」
「俺んち」
3LDKの真新しい賃貸マンション。
作り付けの家具やテレビなどは充実してるが、他には何もない部屋。
テーブルすらないリビングの床に、スーパーで買った惣菜やらつまみやら酒やらを並べて、ゾロが手招く。
サンジは訳が分からないながら、ゾロの隣にちょこんと腰掛けた。
「一人暮らし始めたのか?いつから?」
「・・・昨日からだ」
最近忙しそうにしてたのは、物件を探していたからだろうか。
こんな中途半端な時期に、なぜ?
サンジは窺うようにゾロを睨むが、気にした様子もなく、早くも日本酒を紙コップに注いでいる。
(食器もねぇのかよ・・・。)
料理好きのサンジは、使い心地のよさそうなシステムキッチンを見て、
「こーんな立派なキッチン、てめぇには勿体ねぇなぁ」 と呟いた。
「なら、お前が使えばいい」
短く切り返されて、サンジは頭にクエスチョンを飛ばす。
「え?今からなんか作るのか?鍋も食器も、食材だってねぇぜ??」
「・・・・・・・・・」
サンジの言葉に、ゾロは眉間に皺を寄せて黙り込む。
元々無口で強面なので、そうやって黙られると、何を考えているかさっぱり分からない。
いつも、喋り倒すのはサンジの役割なのだ。
じっと見ても、何も言いそうにないな、と判断したサンジは、とりあえずテレビをつけることにした。
「おぉ、すげーでけぇテレビ!!映りもいいし。いいなぁこれ」
どうでもいいことを喋ってないと、言わなくてもいいことをつい言ってしまいかねない。
『仕事辞めても、またこうやって会えるか』
とか。
『ちょっとは寂しいと思ってるか』
とか。
『好きだと・・・・・・思ってるのは、おれだけか』
とか。
って、うわぁ!なに考えてんだおれ!!
サンジは、自分の思考が恥ずかしくなって、ぶんぶんと首を振り、酒を煽った。
「明日、空いてるな?」
突然聞こえた言葉に、サンジは目線をゾロに戻して苦笑する。
「・・・なんで断定だよ?おれだって、レディたちとデートかもしんねぇだろ?」
「空いてるな?」
「・・・・・・はい、暇です。すんません」
週末は、いつも朝までゾロといるので、基本的に休みの日に予定は入れない。
家で寝てるか、掃除してるかだ。
それを知っているゾロには、ウソをついてからかっても無駄なのだ。
「明日、引っ越しすんぞ」
「え?・・・・・・あぁ、ゾロの? なに、おれに手伝えって?いいけど、タダじゃねぇぞ。うまい晩飯ぐらい、奢ってもらわねぇとなぁ?」
「・・・・・・・お前のだ」
「あぁ、そーだな、お前の・・・・・・・」
その言葉を理解するまで、たっぷり1分。
「・・・・・・は!?」
引越し!?おれが!?なんで!? っつーかどこに!?
「お前が、ここに住むんだよ」
「はぁあああ!?」
理解はしても、
そんなん納得できるわけねぇだろアホマリモ!!!
「 なんで!?っつか、ここお前んちじゃねぇかよ!!」
「だから、俺もここに住むんだよ」
「いや、意味わかんねぇし!!なにがしてぇのお前!!??」
言い合ううちに、ゾロがイラついたように怒鳴った。
「意味は分かるだろうが!!一緒に住もうっつってんだよ!!ひよこ頭!!」
「だからなんでおれが一緒に・・・・・・・・ぇあ?」
ぽかん、とあほみたいに口を開けてサンジが黙った。
ゾロがふてくされたように続ける。
「仕事辞めたら、今までみてぇに会えねぇだろ。おめぇの新しい職場と、予備校の真ん中に部屋借りりゃ、お互い楽かと思っただけだ」
・・・それだけ?
「ほんとに、それだけで、部屋借りたのか?」
声が、震えてませんように。
涙が、出てきませんように。
祈るような気持ちで、ゾロを見つめる。
「・・・・・・おれは、おめぇを手放す気はねぇからな」
「そ、れは・・・・・・友達として、だよな?」
もっとちゃんと、分かる言葉で言ってほしい。
望む答えが聞けなくても、もういいけど。
ルームシェアでも、ゾロと毎日いられるなら、それでもいいけど。
もしかしたら。
この恋は、諦めなくてもいいのかもしれない。
潤む瞳を、なんとか開いて、ゾロの顔をじっと見続ける。
もう、テレビの音も何も聞こえない。
ゾロの声にだけ、耳を澄ます。
「一回しかいわねぇからよく聞け。俺は、お前が好きだ。だから、一緒に住め」
「・・・・・・命令かよ バカ緑っ」
笑おうと思ったのに、細めた瞳から零れ落ちたのは、涙だった。
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翌日、喧嘩しながらも、仲よさそうな男二人が、新しくマンションの住人に加わったとかなんとか。
引越しの際、二人のうちの金髪の男のほうは、疲れたのかしきりに腰を叩いていたとか。
緑の頭のほうが、気遣って重い荷物を運んでいたとか。
なのに金髪が真っ赤になって緑頭を蹴りつけていたとか、いないとか・・・
二人のその後の話は、またの機会に・・・。
ENDv
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