Lie
「好きだ」
そう言われた次の瞬間、自分の口を突いて出たのは、否定の言葉だった。
海賊船ゴーイングメリー号のコックであるサンジは、毎日忙しい。
朝は一番に起きて朝食を作り配給し、後片付けと昼食の準備。
洗濯や掃除などのこまごまとした雑用を済ませて、昼食。
美しい航海士と考古学者にデザートやドリンクを召し上がってもらいながらのラブラブおしゃべりを楽しみ。
ついでに欠食児童たちにも、つなぎのおやつを食わす。
その合間に夕食の下拵え。
そうこうしている間に夕食の時間。
毎度恒例ながら、人のメシにまで手を出す船長を抑えつけ、給仕を行う。
味見で多少腹は膨れているが、みんなが部屋に戻ってから漸くサンジが食事をする。
洗い物と明日の朝食の準備が終わって、やっとこさ自分の時間がとれるのだ。
新しいレシピを考えたり、クルーの苦手な食材をどう誤魔化して食べさせるか、好物は何か・・・
そんなことを考えたりする時間は結構楽しいので、サンジは夜遅くまで起きている。
その後、シャワーを浴びてご就寝となる。
睡眠時間が短いのは、元々の体質と、コックとしての生活の長さで慣れてしまっているので、まぁ苦にはならない。
最低三、四時間も寝れば充分だ。
だが。
せっかくの睡眠時間が削られるのはやっぱり惜しい。大事な、夕食後のプライベートタイムも。
それが、レディの為ならいざ知らず、いけ好かないマリモのせいなら尚更。
故に。
サンジは今、とってもイライラしていた。
騒々しい夕食が終わり、クルーが各々自室へ引き上げても、ラウンジに居座るサボテンが一体・・・。
その筋肉サボテン・・・もとい、緑マリモン・・・・・・もとい。剣士ロロノア・ゾロは、何をするでもなくじっと座っている。
サンジはぷかぷかと煙草をふかしながら、洗い物を終わらせて濡れた手をエプロンで拭った。
「・・・・・・?」
もうやることもなくなったというのに、一向にゾロが動かない。
食堂に人がいる限り、コックの仕事は終わらない。
不審に思いながらも仕方なく、サンジはゾロに声を掛けた。
「・・・酒でも飲むか?」
と。
ゾロは、珍しく、ほんとに珍しく。
「酒はいらねぇ」と言った。
これにはサンジが驚く。
どうせ、酒を強請るためにラウンジに居残っていると思っていたのに。
酒が要らないなら、なぜこいつはいつまでもここにいるんだ?
「じゃぁなんだ?まだ腹減ってんのか?軽くつまみでも作るか?」
そう聞いても、
「腹も減ってねぇ」
ときた。
いつもの、怒ったような、馬鹿にしたような、癇に障る言い方ではなく。
ただ、静かに。
(・・・・・・??)
元来気の長い性質ではないサンジは、目的の分からない剣士の態度に、段々イラつきを募らせていた。
「おい、コック」
「・・あぁ!?」
ゾロに呼びかけられて、つい険しい目を向けてしまう。
すると、突然立ち上がって、キッチンのサンジの目前まで来た彼が言った、
「好きだ」
そのたった一言を。
脳が、言葉を理解するより先に。
口でもなく、足でもなく。
手が、出ていた。
ごつっっっと鈍い音がして、ゾロの頬骨に、サンジの拳がめり込んだ。
予期していなかったのか、まともに喰らったゾロが、床に倒れる。
おれの手。 コックの大事な手。
料理人になってから初めて、人を殴った。
それでも、サンジはもうそんなことに構っちゃいなかった。
「あ・・・あほ言ってんじゃねぇ!!冗談も大概にしろよ!!!俺ぁ認めねぇからな!!!」
すごい剣幕でサンジが叫ぶのに、呆気にとられていたようなゾロは、その口から、ぺっと赤い唾を吐いた。
「別に、受け入れてもらえると思ってたわけじゃねぇがよ。俺の気持ちは嘘じゃねぇ。おめぇに惚れてる。誰にも・・・おめぇにも、 認めないなんて言わせねぇ」
眉間に皺を寄せて、怒ったように吐き捨てられた台詞に、サンジの体がざぁっと冷えた。
一気に血の気が引き、顔が蒼白になる。
肩が強張る、顔が引き攣る、唇が震える。
視界が、ぼやける。
それまでサンジを睨んでいたゾロが、ぎょっとしたような顔をして。
立ち上がり、サンジの顔を覗き込むようにして肩を掴む。
「おい・・・」
「・・・それでも・・・俺は認めねぇ。そんな気持ち、今すぐ捨てちまえ」
搾り出すようにそれだけを告げると、ゾロを押しのけ、ラウンジを後にした。
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むかつく。
むかつくむかつくむかつく。
蜜柑畑に隠れるように蹲り、今頃になって痺れてくる右手を擦った。
なにが、『好きだ』 だ、馬鹿マリモめ。
熱くなる目尻を、抱えた膝に押し付け、サンジは心の中で罵った。
ナミさんやロビンちゃんにならともかく、俺は男だ。
ゾロが、俺に、惚れてる、なんて。あっていいわけがねぇ。
静かに、底なしの沼に沈んでいくようだった。
いっそ死ねばいいのに、と思った。
俺のことを好きだというゾロなんて、死んでしまえ。
あいつは、大剣豪になるんだ。
この船で。
仲間とともに。
俺の作ったメシを食って強くなるんだ。
ゾロは前だけ向いてりゃいいんだ。
他の事にかかずらわってる暇はねぇはずだ。
俺を、見てる余裕なんか、ないはずだ。
・・・それでも。
自分を見て欲しくないと思いながらも。
感じてしまった。
好きだと言われたあの瞬間。
背筋を貫く 恍惚感を。
そのことに恥じ、言いようのない屈辱を覚えた。
認めない。
死ねばいい、とまた思った。
ゾロに好きだと言われて悦ぶ自分など、死んでしまえ。
こんな想いは、消えてなくなればいい。
ゾロを・・・好きな気持ちなど。
絶対に。 認めない。
「え、終わり!?」 って、私自身が思った(笑)
SS書き始めたばかりのころでした。
この続きを書こうか・・・と思えなかったので箱行きです。
お読みくださってありがとうございましたv