「・・・もしかしたら、見合いするかもしんねぇ」
なんでもない顔でそう言われたのは、
家のリビングで、二人でまったりテレビを見ていたとき。
「・・・はぁ?おめぇ今、何つった?」
あ、もうすぐ醤油なくなるかも〜、と言う時と同じトーンで。
あまりにも普通に言うものだから、ゾロは思わず聞き返した。
「だから、見合い。今日、いきなり上司に勧められてさ」
「・・・あぁっ!?」
自然、ゾロの声が険しくなるのはどうしようもない。
普段から怒っているような顔を更に顰めて、睨みつけてしまうのも。
「ほら、この家、男所帯じゃん?上司もお節介な人でさ『女っ気がないと寂しいだろう』とかなんとか?」
悪びれず、へらへらと笑って話すサンジが、ゾロには信じられなかった。
「なんとか? じゃねぇだろ! そんで、まさか受けたんじゃねぇだろうな!?」
「や、まだ。 考えさせてくれって言ってある。 ・・・なんだ、ゾロ、怒ってんのか?やっぱ嫌か?」
そりゃ怒るだろ。
サンジは、ゾロの恋人なのだ。
世間にも誰にも認められない、男同士のカップルだとしても、ゾロはサンジを手放す気などない。
そんなことを許せる程度の想いなら、はなから手なんか出してない。
この手を禁忌に染めてまでも、サンジだけを欲したのだから。
「おめぇ、明日会社行って、その話、断ってこい」
「う〜〜〜ん・・・・どーも断りきれる雰囲気じゃねぇんだよなぁ・・・。とりあえず、会ってみるだけでも、ってな。」
「見合いなんぞ、会えばもう決まったようなもんだろ!社会人にもなってそんなことも分かんねぇのかてめぇは!」
「・・・・・・あぁ、そうだよな」
眉間に深い皺を刻んで、およそ高校生とは思えない老齢な台詞を吐くゾロに、サンジは諦めたような表情を見せた。
サンジの、そんな顔を見たいわけじゃない。
悲しい顔はさせたくない。
そう思っていても、どうしても、許せない。
この家に、サンジの嫁が入るなんて。
誰かと家庭を築く彼を、傍で見続けるなんて。
「俺が・・・、ガキだからか?」
「・・え?」
「おめぇから見れば、まだ全然ガキで、頼りねぇから、・・・俺を捨てようってのか」
「・・・ゾロ・・・?」
「俺は、おめぇが好きだって言ったろ!?おめぇも、そうだって言った。あれは全部嘘か!?」
「ゾロ、ちょ・・・落ち着けって」
「俺は、一生かけておめぇを幸せにする。死んだ義母さんに誓う。親父にも、いつか認めさせてみせる。だから、見合いなんてすんな。俺以外のヤツが、おめぇに触れるなんて許さねぇからな!」
一気にまくし立てるゾロに、サンジは驚きながらも、穏やかな笑みを返す。
「ゾロ・・・・・おれも、お前が好きだよ」
優しく諭されるように言われて。 胸の奥が苦しくなった。
「だったら、見合いするなんて言うな。ずっと、一生、俺の傍にいろ・・・兄貴」
ゾロは 愛しい 義理の兄を、その腕に抱き締めた。
震える肩を抱いて、金色の髪に口付けを落とす。
自分の緑色の、ガサガサした髪とは違い、さらさらの、サンジの母親譲りのハニーブロンド。
初めて会ったときから、この七つ年上の義兄のことが愛しくてかわいくて。
父親の再婚に反対もせず、むしろ大賛成して。
小学生だったマセガキが、一目惚れした男を、口説きに口説いて、やっと手に入れたのだ。
はやく大人になって、サンジを守れるようになりたいと。ただそれだけを思って生きてきた。
自分の世界は、この綺麗な男で出来ている。
譲るつもりも、離れるつもりも、全くない。
子供じみた考えだろうけれど、
サンジがいれば、それでいい。
抱き締める手に力を込めると、サンジの震えが大きくなった。
やべぇ、泣いてんのか?
と、慌てて腕を緩めると、
く くくっ・・・という吐息が聞こえ、
「ぶぁーっははははーーー!!!」
と高らかに馬鹿笑いをしだす義兄。
ゾロはサンジが笑う訳が分からず、ぽかんとその顔を眺めた。
「ひ〜〜っっ!!も無理! く、苦し・・っ!! ・・はぁ〜〜・・・・。 おれ、見合いなんかしねぇぞ?」
「・・・・・・は?」
ひとしきり笑い終えた後、打って変わって真面目な顔して言うサンジに、ゾロは目を点にする。
「いや、おめぇ、さっき自分で言ったじゃねぇか!」
「あぁ、・・・・・・・ぶはっ!! い、言ったけどよぉ・・・・・」
・・・まだ笑いは治まってなかったらしい。
「あれ、見合いの話、親父に来たんだって!」
「・・・・・・はぁあぁああああ!?」
「俺の母さんが亡くなって八年だろ。いつまでもヤモメじゃむさ苦しいからって。お節介だよなぁウチの上司も! だいたい、おれまだ二十四だぜ?結婚なんかしやしねぇよ・・・手の掛かるオトウトもいることだし?こりゃ、結婚は無理かもなぁ?」
ケタケタと笑いながら喋るサンジ。
ゾロは、したたかな義兄に騙された気分満点で、むくれた顔をしてみせる。
(つーかよ。親父に来た見合い話ならそうと、まず主語を言え!!でねぇと分かるかよ!!)
昔は、俺が何か言うたびに、赤くなって照れてそりゃぁ可愛かったってのに。
最近 変に悪知恵つけやがって。
・・・まぁ、可愛いのは昔も今も変わってねぇけどよ。
と、不貞腐れるゾロの鼻を摘みながら、サンジが嬉しそうにはにかんだ。
「・・・なぁ?息子ふたりは 『一生』 独身なんだし、親父には、がんばってもひとり跡継ぎでも作ってもらうか?」
「・・・あんまり老体に鞭打たせんな。」
サンジのその言葉の意味を、都合よく受け止め、ゾロもニヤリと笑う。
その顔を、サンジは眩しそうに見つめた。
今はまだガキだけど。
そのうち、一人前の男になって、サンジの全てを受け止める。
一生、この気持ちは変わらない。
「今度は妹がいいな。も、すっげぇ可愛がるぜおれ」
「・・・俺は自分の妹にも嫉妬しそうだ」
ぼそりとゾロが言うと、サンジは可笑しそうに笑った。
そのころ、出張中の父ミホークが、どこぞでくしゃみをひとつしていた、とかいないとか。
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