クリスマスの朝、

チョッパーが目を覚ますと、


枕元に、見慣れぬ袋があった。




DOLLY BABY




メリークリスマス


今日は何が由来か、世界で最も街が輝く日。
魔の海域グランドラインも、例に漏れず街中が浮き足立っている。

サウザンドサニー号に乗る、我らが麦わら海賊団の面子も、キラキラデコデコに飾り付けられた船内と、流れるクリスマスソングに楽しそうだ。

船の飾りつけはウソップとフランキーが担当。
サンジとナミとロビンは、広くなったキッチンでご馳走とケーキを作っている。
ルフィは、新しい船首のライオンさんに縛り付けられて(つまみ食い防止策)呻いている。



チョッパーは・・・なんといっても今日は、年に一度の主役になれる日。

しかしながら、現在モップで船内をお掃除中。

理由は、【毛皮トナカイである彼から抜け落ちた毛を、パーティーまでに掃除しておくこと】と航海士であり影ボスであるナミに言われたからなのだが・・・落ちてるのが自分の毛だけじゃない気がするのはなんでだろう。


それはともかく。


チョッパーは今日は上機嫌だった。
鼻歌歌いながらニコニコとモップをかけていた。

だって今日はチョッパーのお誕生日だから。

年に一度の特別なお誕生日は、なんだかどこかの神様の誕生日と一緒くたにされてしまうけれど、

それでも今日はチョッパーのための日だ。

おめでとうをたくさん貰って、ありがとうを返す日なのだ。


それに今朝起きたら、枕元にプレゼントが置いてあった。

『きっとこれがクリスマスプレゼントってやつだな!』

サンタさんが来てくれたんだ!!
えんとつがなくても船の上でも、ちゃんと来てくれた!!

チョッパーは嬉しくなって、すぐにキッチンに駆けて行って、サンジに報告した。
『サンジぃー!サンタさんが来たよ!プレゼントくれたー』
得意げに差し出すと、サンジはにっこり笑って『よかったなぁ』と言って、おまけにチョッパーの毛を丁寧にブラッシングしてくれた。

サンジからはいつもいい匂いがする。
それはご飯の匂いだったり洗濯の石鹸の匂いだったり寝ぐされ剣士の匂いだったりしたけれど。
『おひさまみたいなにおいだ。』といつも思っていた。
お母さんみたいだな。と、もう顔を思い出せない母と重ねて思ったりもした。





モップをかけながら、チョッパーは上機嫌だ。

サンタさんからのプレゼントは、赤いズボンだった。

人獣型トナカイのチョッパーによく似合う。

それと、大事な人からもらったピンクの帽子をかぶり、鼻歌を歌いながら船尾を掃除をする。




でもこの船に、もう一人、不気味なほど上機嫌な人間がいるのだ。




その人物は、サニー号の船尾で、これまた鼻歌うたいながら、鉄串団子を振り回している。

と思ったら、手を止めて、腹の辺りを撫でる。

また串団子を振る。

腹を撫でる。 振る。

その繰り返し。


チョッパーは、てこてことその人物に近付いた。

「ゾロぉ〜〜おなか痛いの?診ようか?」

剣士ゾロはチョッパーの方を見遣ると、串団子を置いて小さな船医の前にしゃがんだ。

「いや、大丈夫だ。ありがとな」

でっかい手でわしゃわしゃ頭を撫でられて、しかも力加減ナシなので、ちょっとくらんくらんしながらも、

「でも、お腹押さえてたろ?」

と言い募った。


だってチョッパーは船医なのだ。

仲間のピンチに毎回『医者―――――っっ!!』と叫んでいるが、そのお医者さんはチョッパーなのだ。

クルーの体調管理がお仕事だ。


「ちょっと見せてね」と腹を触ると、


・・・なにやら固い感触がする。


ちょうど腹巻の下あたり。



んっ?と眉を寄せたチョッパーに、ゾロは笑って、

「これはな。サンタからのプレゼントだ」

と、腹巻の中のものを見せてくれた。




・・・黄色い

・・・アヒルの

・・・人形


しかもなんか眉巻いてる。





「・・・よかっ・・た・・・ね?」

これは、この反応でいいんだろうか、と不安になりながら言ったら、ゾロはニカッと笑ってくれた。

そして、「お前は何もらったんだ?」と聞いてくれたので、
チョッパーは、ズボンをもらってどれだけ嬉しかったかと、
サンタさんがどうやってグランドラインを渡って届けにきたのかの考察を、熱く語った。

ゾロはそれを、楽しそうにアヒルちゃんを撫でながら、ちゃんと聞いてくれた。

その光景は、さすがにちょっと不気味だった。



ゾロからは、いつも野生の雄の匂いがする。
男臭さと、汗と腹巻の匂い。その中に、グル眉コックの匂い。

ゾロは、お父さんみたいだな。

厳しいことを言うけど、締めるところはちゃんと締める。
もっと大きくなったら、こんな男になりたい。
ゾロは、チョッパーには分からない海賊の信念をちゃんと教えてくれる。
厳しく優しい父親。


サンジがお母さんで、ゾロがお父さん。

うん。ゾロとサンジはツガイだから、ぴったりだ。


一度、サンジにそう言ったら、血相を変えて慌ててたので、こっそり心の中で思うだけにした。





*************




その日の夜。


サニー号の芝生甲板で、盛大なパーティーが開かれた。

目の前にはごちそう。

色とりどりの料理に、一番嬉しそうなのはやはりゴム船長。

骨付きのばかでかい肉を頬張りご機嫌だ。

ナミもロビンもウソップもフランキーも、もちろんゾロも、みんなみんな嬉しそうだ。


ゾロなんて、まだ腹巻の中に手を突っ込んではニヤニヤしてる。

そろそろ気持ち悪いなぁ〜とチョッパーが密やかに思っていると、見飽きたナミに小突かれていた。



そんな中、料理を運ぶコックさんだけが、なぜか浮かない顔。


「サンジ、どうしたの?気分悪いの?」

心配になったチョッパーが聞くと

「あ?いやいや、なんでもねぇ、大丈夫だ」

と微笑んでくれた。



でも、こんな顔をサンジがするときは、たいてい大丈夫じゃないときだ。

もしかしたら、食料が足りないのかもしれないと思って、ちょっとの量でお腹一杯になるように、ゆっくり食べた。

そしたら「なんだぁ?もう食わねぇのか?」と、ルフィに横取りされそうになった。

慌てたら、ルフィがナミにどつかれた。

やっぱりナミは最強だ!!



でも。ルフィが人のご飯を横取りしたときに、真っ先に制裁を加えるのは、サンジだったはずだ。

ふと見上げると、サンジはじぃーと全く違う方向を見ている。

ちょうどゾロの方。

腹の辺りを。

泣きそうな顔で凝視している。



「???」

なにがなんだかチョッパーにはさっぱりだ。

何がサンジにそんな顔をさせているのか。


だってゾロが持ってたあのアヒルは、サンジにそっくりだった。

いつもゾロが、サンジに向かって「アヒルアヒル」言ってるからすぐに分かった。

ついでに眉毛が巻いてあるから(ご丁寧にペンで書き加えられてあった)なおさら分かった。



ゾロが大事そうに腹巻に収めているのは、『サンジ』だ。


ゾロが、あんなに愛おしそうに撫でてるのは、サンジなのだ。


きっとゾロもサンジが大好きだから、あんなにアヒルの人形を可愛がるんだ。




なのになんでサンジが、悲しそうな顔をするのか、チョッパーには分からなかった。





誕生日のプレゼントも、みんなから貰った。


クルーが8人になって初めての誕生日。


みんなが祝ってくれる、楽しい楽しい誕生日。

おめでとうをたくさん貰って、ありがとうを返して。

ニコニコ笑顔が満ち溢れてて。

楽しい誕生日。



でもチョッパーは、サンジの事が気がかりだった。


こっそりサンジに、食料は大丈夫か、と聞いたら、「島を出たばかりだから大丈夫だ。好きなだけ食え」とお墨付きをもらったので、チョッパーは安心して、それからお腹いっぱい食べた。





**************






夜中に、ふと聞こえた音で目を覚ました。


チョッパーはトナカイなので鼻が利くし耳もいい。

人間には聞こえない音も、なんとなく聞こえる。


むくっと身体を起こすと、男部屋の面々は、騒ぎ疲れてぐっすり眠っていた。

ぐるりと見渡し、ハンモックがふたつ空いているのに気づく。


「ゾロ?・・サンジ?」

ゾロとサンジがいない。


再び落ちそうになるまぶたを擦りながら、チョッパーは寝床から降りた。

夜の宴でのサンジの寂しそうな顔を思い出したのだ。




キッチンへ近付くと、まだ明かりがついていた。

扉の前まで来ると、中からゾロとサンジの声がする。


さっき小さく聞こえたのは、二人の声だったのかな。

でも、サンジの声が苦しそうだ、泣いてるみたい。


どうしよう、ゾロとケンカしてるのかな。

サンジが悲しがってるのかな。


ケンカしてるなら止めさせないと。


そう思い、急いで扉を開けようとした。



 ら、ふわりと身体が浮いた。


(あれっ??)



声を出す間もなく、一瞬でその場から引き離された。











気が付くと、チョッパーは見張り台の小屋の中にいた。

「こんばんは、船医さん」

にっこり微笑んで挨拶するのは、この船の考古学者、ニコ・ロビン。

「お?おおお??おれ、どうしたんだ?」

「ちょっと、お話しようと思ったのだけれど、少し手荒だったかしら?」


いや、手荒もなにも、悪魔の実の能力で、見張り台まで転がりながら昇らされたチョッパーは、今ちょっと眩暈を感じている。

でも、ロビンの前でかっこ悪いところを見せるわけにはいかない、と、むりやり平気な顔をしてみせた。

「おう、いいぞっ。・・・・あ、やっぱだめだ。サンジが・・・」

チョッパーは泣いてたサンジの声を思い出し顔を曇らせる。

「ええ、そのコックさんのことなんだけれど」

ロビンは静かに告げた。

「ん?ロビンも知ってるのか?今な、サンジがな、ゾロとケンカしてるかもしれないんだ」

「ええ。・・でも、あれはケンカしてるんじゃないの。だから、入ってはダメよ?」

「そうなのか?」

「そうなの。今仲直りしてるところなの。船医さんが心配しなくっても、あの二人なら大丈夫よ」

「そうか・・・」



ツガイの間に割り込んじゃいけないもんな。

でも、サンジにもゾロにも、笑ってて欲しかったんだ。

あれが『仲直り』なら、それで良かった。



チョッパーはほっとしたけれど、同時にちょっと寂しくもなった。


ちょっとは役に立とうと思ったんだけどな。

「あら、船医さんはとっても立派に役目を果たしてるわ」

ぽそりと口に出してしまっていたらしい。

ロビンが優しい笑顔でそう言った。

チョッパーは弾かれたように彼女を見る。


「ほんとか?おれ、役に立ってるか??」

「ええ、とっても。あなたは立派なお医者様よ。あなたがいてくれるから、みんな安心して航海が出来るの」

「そ・・・そんな褒められても嬉しくねぇぞぉ〜〜」

と、ニコニコしながらトナカイさんが喜んでいるので、ロビンも笑顔を返した。

「それにね、今日はとっても寒いから、船医さんが一緒にいてくれると、あたたかいのだけれど」

にっこりそう言われてチョッパーは、

「お・・おう、いいぞ、いっしょにいる」

と、赤くなりながら(毛皮なので分からないが)すっぽりロビンの膝に収まった。


「あったかいか?」

「ええ、あったかいわ。ありがとう」

「うん!」


チョッパーは、ロビンにだっこされるのが好きだ。

サンジにもゾロにも、よく膝に抱いてもらうけど、ロビンに抱っこされるのは、そのとき感じるあったかい気持ちと、似てるようでちょっと違う。

ちょっとドキドキするのだ。

ロビンといると、胸の奥が熱くなる。

これは、このキモチがなんなのか、チョッパーにはよく分からなかったが。

一人前の男になれたら、きっと分かるだろうと思った。


そのときまで、そのあともずっと、

ロビンが笑顔でいてくれたらいいと思う。

みんなみんな、笑っててくれればいいと思う。



「ロビン、ありがと。」

「・・・おやすみなさい」


うとうとしだした小さな船医に、ロビンはおやすみを言って微笑んだ。



そして彼女は、キッチンのほうに目をやり、くすりと笑みを零す。

「ふたりとも、あんまり無理しないようにね」

あひるの人形に嫉妬する、などというはた迷惑なヤキモチで痴話喧嘩めいたものをしたあと、『仲直り』に絶賛お励み中の剣士とコックに、聞こえないだろうおやすみを呟いて、見張りに戻った。
















翌日、早朝にキッチンにやって来たロビンとチョッパーは、

ゾロの腕にすっぽり収まって眠るサンジを目撃し、

「仲直りできてよかったな」

「そうね」

と温い笑みを交わした。




END



お読みいただきありがとうございましたv