腕の中の、小さな命。



そのぬくもりを



とても愛おしいと思った。




雨と泪 2





猫がうちに来てから、もう2年になる。




その間に、俺もあいつもでかくなった。



俺は剣道を始めて強くなったし



身長は、もうすぐサンジに追いつく。



そのうち追い越してやるつもりだ。






でも最近、サンジは俺を見ると、妙な顔をする。



眉間に皺を寄せ、



目を細めて



『小さい頃は可愛かったのに』



と困ったように言いながら。



『最近のガキは、発育が早くていけねぇ』



とも言われた。



何が『いけない』のか、さっぱり分からない。



でかくなれるよう願ってたのが悪いことかよ。



あんたに追いつきたくて



こっちは必死なんだ。











「よ〜ぅチビ、元気かぁ?」



久しぶりにうちに来たサンジは、



そう言いながら真っ先に



金色に輝く 猫に声を掛ける。



もう『チビ』とも言えないほどでかくなった猫が、



甘えるようにサンジの脚に擦り寄る。



「・・・俺より猫かよ」



「あぁ?猫に焼きもちか?いつまでたってもガキだなおめぇは」



呟きを聞いたサンジに



笑いながら言われて、ちょっとむっとした。



「・・・俺はガキじゃねぇ。」



「・・・ガキだよ。昔も今も、おれにとってはな。」



からかうように吐かれた台詞。



なのに、辛そうに歪められた顔。



なんだ、なんでそんな顔で俺を見る?




チビを抱き上げ、もの言いたげな視線を向ける男に



訳もなく 苛立ちが募った。





俺はもうガキじゃねぇ。



あんたを片手で抱けるほどには、でかくなった。



背丈も伸びたし筋肉もついた。



剣道も、県大会で優勝した。



これ以上、どうやったらあんたに認められる。




この、年上の、綺麗な男に



触れることができる。






サンジの腕の中のチビが、



黙ったまま見つめあう俺たちを交互に見て、



「みゃぁ」とちいさく鳴いた。

























その夜



不思議な夢を見た。












俺は、隣家のサンジの部屋にいて。



久しぶりに見るあいつの部屋は、昔とちっとも変わってなくて。



ベッドに寝転がるサンジが、



俺に気付いて微笑む。



久しぶりに見るはにかむような笑顔も、昔のままで。




俺は、自分の視界がやけに低いのに戸惑いながらも


あいつに近寄った。



「なんだ、こっち来たのかゾロ」



おいで、と優しく両手で招かれて、



俺は『いつものように』サンジの膝に飛び乗る。



サンジは、俺の頭を撫でながら、



「ゾロ・・」と小さな声で囁いた。



思考がうまく定まらないままの俺に向かって



「ゾロ・・・ゾロ・・」と、何度も。



辛そうな声で。



そんな風に名前を呼ばれるのは初めてで



どうかしたのかと思いながら



サンジの指をざらりと舐めた。



「なぁ、おれ、やべぇよな。お前の飼い主に、こんなこと思ってるなんて知られたら、軽蔑されちまうよな」



独り言のように呟いて、天井を見上げるサンジに



俺は飽きずにあいつの指に舌を這わせる。





そうだ、『俺』はいつもこうしてた。



ざらついた舌で彼を舐め、慰める。



それに、彼は「ざりざりしていてぇよ」と言いながら喜んでくれるけれど、



「ゾロ・・・でかくなったよな。おれの知ってるゾロじゃねぇみてぇだよな。顔つきも、なんか違ぇしよ」



いつもふたりだけのときに呼ばれる名前は、自分のものではなく。



「ガキって言われるの、ゾロは嫌いみてぇだけどさ。そう思わなきゃ、やべぇだろ?」



この男の心には、別の人間がいる。



それは『俺』ではなく、



「小さいゾロ、かわいかったのにな。いつのまに、・・・・・・っ」



自分では駄目なのだ。



本当に彼を慰められる人物は、すぐそばにいるのに。



彼が望む男は、そのことに気付かない。



そう思いながら、彼の膝で甘えて喉を鳴らす。





気付けばいい。



・・・気付かなければいい。



誰かのものになる彼を、見たくはないが



もう一人の男になら



くれてやってもいい。



矛盾した想いを抱きながら。



いつも、こうしていた。





サンジのことが大好きだ。



だから、



悲しい顔はさせたくない。





『なぁ、・・・・・・見てるんだろ?お前も。』










「ゾロ・・・好きだよ。ゾロ・・」




泣き出しそうなサンジの声を聞いた途端





目が覚めた。






























「・・・・・・夢か?」



布団から出て、寝惚けた頭で



勝手に足が窓の方に向かう。



今のは、願望が見せた、ただの夢だろうか。



それとも。




深夜だというのに、明かりのついたサンジの部屋が眼前にある。




・・・サンジ。





サンジ、今、お前のとなりに、猫はいるか?




どんな声で名を呼んでいる?




サンジ。






熱に浮かされたように、




俺はそのまま、窓を開け、




手すりを乗り越えた。

















 
END






ゾロ  中学二年生


サンジ 高校三年生








ブラウザを閉じてお戻りください。