最近、どーにもやべぇと思うことがある。


 ふとした時に目が合えば、
 射るようにこちらを睨みつけ、その薄い唇に、くわえる細い煙草。
 瞬間
 チラリと覗く紅い舌に。

 どうしようもなく湧き上がる衝動。

 それは、ただの いつもの 光景。


 いまは まだ。





 19 CIGARETTES






 「マリモ起きろ飯だメシいつまで寝腐れてんだ光合成どころかおてんとさんはとうに沈んじまったぜ夜行性単細胞植物め」
 早口言葉かなんかか。おめぇは何目指してんだ。と思わずツッコミたくなるような、
 しかし静かな台詞を聞きながらも、
 腹に食らった踵の衝撃はずどんと重い。
 しかも内容なんて頭に入ってこない。早すぎて、何言われたかもさっぱりだが、「メシだ」ぐらいは判断できた。
 あとはまぁ別に、聞かなくてもいい小言だろう。

 「あぁ、悪かった。今行く」
 まったく痛がらなくても、この男はそれが癪に障るようで、またくどくどと文句を垂れかねない。
 なのでゾロは、腹の痛みに顔を顰めるふりをして、鷹揚に立ち上がった。
 「おう、早く来いよ。じゃねぇとまた昨日みてぇにルフィに全部食われちまうぞ?あ、それはいつものことか!」
 素直に侘びたのに気をよくしたようで、この船の暴力コックは、目を細めゾロに笑いかけた。


 こういうツラは、悪くねぇな。
 と密かに思う。
 この男の笑っている顔など、滅多に見れるものでもない。それは、ゾロ限定だったが。
 喧嘩ばかりしていた少し前に比べると、幾分マシになったように思う。
 ゾロが嫌味に乗らないと、余計に機嫌が悪かったのは最初だけで。
 たまには、こうして穏やかに、時を過ごせるのもいいもんだ、と。
 それでも、このコックがゾロに機嫌のいいところを見せることなどは、本当にごく稀なうえ、ほんの一瞬だ。


 キッチンの方へ歩き出しかけたゾロが振り返ると、
 『早く来い』と言った筈のコックは後をついて来ることなく、船縁に佇んで海を見ていた。
 明るく丸い月が、男を照らす。
 金の髪が、白い肌が、月明かりで発光しているようにも見える。
 後姿に影を落とし、細い脚腰が、肩が、 ひどく 脆く、ゾロの目には映った。
 ―――そんなわけはないのに。この男がどれほど強いかなど、知っているつもりなのに、だ。




 ああ。この光景は。

 綺麗すぎて儚いのか。




 しばらく見ていると、男は懐をぽんぽんと探り、ジャケットの腰の辺りを叩き、ポケットに手を突っ込んでから、ぐりんと振り返った。
 ばちりと目が合い、男が驚いたような顔をする。
 「―――っ! ・・・おお!なんだ、まだいたのか?・・・・・な、おめェ、煙草持って・・るわきゃねェよなぁ?」
 「俺が吸ってるとこ見たことあるかよ?」
 「だよなー。あ〜あ、せっかく煙草吸う、ついでに、マリモ起こしに来たってのに〜〜」
 「んで肝心の煙草忘れてりゃ世話ねぇな。」
 ついで、を強調するコックに、クッと喉の奥で笑いを噛み殺すと、近付いてきた彼は不貞腐れたような面で、ゾロの肩を押す。
 「うるせ。・・・じゃおれも戻るかな。オラ、先行け腐れ腹巻」
 その腕を掴んで、正面に立たせた。
 思ってたよりか、細くはねぇな。と、片手に納まりはするがほどよく硬い筋肉のついた腕を。
 「・・・ゾロ?」
 行動の意味が分からないのか、窺うように、1センチ上を見上げる男の腕をさらに引き寄せ、己の懐に抱きこんだ。
 「え・・?」
 「だいたい、なんで外出て吸うんだ。お前いつもはキッチンでもどこでもスパスパやってたじゃねぇか」
 言いながら、片腕を腰に回し、もう片方で、尻のあたりを撫で回す。
 「――――ッひわぁああああ!!」
 恐らくこいつが猫なら、全身の毛といわず耳や尻尾までをも総毛立たせだろうと容易に想像がつくほどに、ビビン!!と身を硬くしたコックの、尻ポケットから、真新しい煙草の箱を探り当てると、手を突っ込んで取り出した。

 「ほらよ、あったぜ。」
 ぽんとその胸に押し付けてやると、コックは にひゃーー!!とか うきーー!!とか訳の分からない奇声を発してゾロから離れ、地団駄を踏む。その顔は耳まで真っ赤だ。ゾロはそれが面白くなり、
 「予備に持ってんのも忘れてたか?ケツんとこに、くっきり見えてんのによ」
 手に残された箱の封を破り、中から一本を取り出すと、
 チョイチョイと指で男を招いた。
 「お、おめぇ・・・なにしれーっとおれのケツ触ってん・・・・〜〜〜ああもう!」
 吐き捨て、再び近寄ってくるコックの腰に手を回し、
 しかめっ面の前に、煙草を掲げて見せた。
 「見つけてくれてありがとうございます は?」
 「あーあーハイハイ。みつけてくれてアリガトウゴザイマスー」
 「あんだ、その棒読み。煙草やんねぇぞ」
 ぶはっと噴出したゾロを、サンジは面白くなさそうに睨みつける。
 「オイそりゃもともと、おれンだろうが!」
 「なんで、ここ来て吸うんだ?」
 「は?おめェころころ話題変えんじゃねぇよ。・・あー、あれだ、ちっと禁煙してみようかと思ってな」
 「・・・・・・・・・ああ。お前はアホだったな。そういえば」
 今思い出した、と言わんばかりのゾロの呆れた台詞に、男はまたぎゃんぎゃんとわめき散らす。
 片腕でコックを抱いたままなので、もう片方で耳を塞ぎつつ、
 整理してみると、こういうことなのらしい。


 煙草は百害あって一利なし。そんなことは分かっていても止められない。これはもう中毒だから。
 んでも、ナミさんやロビンちゃんの前で吸うと、彼女達にも迷惑がかかる。
 まわりの人間の体調にもよろしくない。
 なので、これからは、他人の居ないところで吸おうと思った。


 それが、この男の言うところの『禁煙』にあたるのだそうだ。
 アホだ。
 今更すぎるアホだ。近年稀に見るアホだ。
 たぶんチョッパーあたりから色々吹き込まれたのだろうが、それこそ、出会ってからどれだけ経つと思ってんだ、散々煙吸わせといてもう遅ぇだろ。と言いたくなる。
 あとがめんどくさいので言わないが。
 「じゃぁおめぇはこれから、この狭い船ン中で、人が居ないところじゃねぇと吸わねぇのか。出来んのか?」
 「オイオイ毬藻くん、このおれ様をバカにしちゃいけねぇぞ?おれはやると決めたことはやる男だからな!」
 さっきわめいてたと思ったらもう、お前こそ人を小馬鹿にしてんじゃねぇか、な態度で絡んでくる。
 まったく、この変わり身の早さには呆れたものだ。

 面白半分で つい、と口の前に煙草を寄せると、条件反射でぱくっと咥えたコックに、ゾロはもはや溜め息すら出ない。
 「おい禁煙どうした」
 「・・・っうるっせぇな!いんだよ今はお前しかいねえんだから!」
 懐からライターを取り出し、カチリと火をともす男に、
 俺に煙吸わすのはいいのかよ。と言ってやろうかと思ったが、
 煙草を噛み締める歯の白さに、ちらりと覗く舌の紅さに。


 ゾロはニヤリと笑って、男の口から煙草を抜き取り、代わりに己の口を近づけた。
 息がかかるほどの、その近すぎる距離に、コックは戸惑ったような、曖昧な表情を見せる。
 「禁煙っつのはな、それの代わりになるようなもん探せばいいんだよ」
 「・・・っ、た・とえば? 飴とか、ガム、とか・・ ッんう!」
 言葉の途中で、唇を押し付ける。男の肩が、ぎゅっと縮こまった。
 一瞬 触れるだけのキスを離し、
 「そうだな。飴とか、ガムとか・・・な」
 ペロリと口の端を舐める。
 ふ、と緩んだ口にまたキスを仕掛け、口内に舌を潜り込ませる。ぬるっと触れたコックの舌は、苦味のある、煙草の味がした。
 味わうように吸い上げると、ビクっと背中が震える。その、腰から背中にかけて、擦るように掌をあてる。
 金色の睫が、微かに震えているように見えた。


 「なァ、お前の『禁煙』、手伝ってやろうか、これからも」

 吸いたくなったら、俺に言え。どっか連れ込んでやるからよ。


 言って、またふわっと開いた下唇を舐めると、同時に、
 凄まじく強烈な衝撃が腹部にもたらされた。
 あ、なんか来た。と感じた直後、 なんとも正確に キッチンの方へと蹴り飛ばされていた。
 あらんかぎりの罵詈雑言を浴びせられながら。





 「あ〜、やっぱやべぇな・・・いつまでもつか」
 キッチンの壁に叩きつけられても、何事もなかったかのように起き上がった剣士は、
 「なんで、あの状況で『ムードもへったくれもねぇ』とか言えんだあいつは」
 ムードがあればいいのか。
 宙を舞う間に浴びせられた暴言を反芻し、クク、と喉の奥で笑うと、
 用意された夕食をとるために、室内へと姿を消した。





 儚い、という言葉など、世界一似合わない暴力的なコック。
 生意気で、口の減らねぇコック。
 信頼のおける仲間。 なんでも言い合える友人。
 それでいい。


 いまは、まだ


 この気持ちに 気付かせてくれるな。






  *****          *****









 煙草を持つ指が、微かに震えているのが、自分で分かる。

 情けねえ。
 あんなマリモの、一挙一動に、胸が跳ねるなんて。どうしていいか分からずに、体が動かないなんて。
 「おれはな、駆け引きには慣れてねんだよ。・・・癖になったらどうしてくれる クソゾロ」
 ―――来るなら全力で、口説き落とせばいいものを。
 あんな眼でおれを見るくせに。
 さっき、煙草を探して振り返った先に佇む剣士が、見せた視線に、思わず、その場にへたりこみそうになった。
 どうしようもなく、熱くなった。


 ・・・好きだと、もし、そう思っているのなら、言葉で、わかるように、ちゃんと伝えてくれさえすれば・・・。


 そしたら・・・おれは・・・



 サンジは緑色の姿が見えなくなった方向を目で追い、

 紫煙を吐き出し 震える指先で唇を押さえると


 封を切ったばかりの煙草の箱を、大事そうにポケットにしまった。







  E N D















 
無自覚にもサンジのことが好きすぎるちょっぴり暴走ゾロ。
 それを「駆け引き」だと思う大人ぶりたい年頃サンジ。

 ゆえに、このふたりまだ デキてません!!(どーん)

 切ない・・・・ね!!(どこが)


 タイトルの19は 「19歳」でも、「残り19本」でも、どちらでも。


 
一万打ありがとうございましたーーー!

 感謝と愛を込めて    雪城さくら

 
こんなゾロサンが好きすぎてごめんなさい!!(笑)


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